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新井宣之プレゼンツ、2008年ベスト・レース・ワン・ツー・スリー〜アメリカン・ル・マン編〜

画像 先週に引き続き、「2008年シーズンのベスト3レース」の第2回目となる今回は、アメリカン・ル・マン・シリーズ編です。前回のIRLに負けず劣らず、歴史的なシーズンとなったALMSの2008年を振り返っていきましょう。

 今年で創設10年目を迎えたアメリカン・ル・マン・シリーズ。その記念すべき年に相応しく、2008年シーズンは歴史に残る大激戦が繰り広げられました。アウディ、ポルシェ、そしてアキュラという世界の名だたる高級ブランド・メーカーが、威信を掛けて真っ向から激突する様は、見ていてほんとうに鳥肌が立つほど興奮しましたね。ひと昔前とは違い、複数のメーカー同士がワークス体制で激突するレースは、世界広しといえども、F1を除くとなかなか見られなくなった現代のモータースポーツ界において、ALMSはとても貴重な存在として成長していると思います。メーカーの威信をかけて激突した今年のALMSは、今まで取材してきたレース・カテゴリーとはまったく違った魅力が満載でした。自分が中高生のときに、雑誌やテレビの中で見ていた1980年代後半のグループCカー全盛時代の戦いが現代によみがえってきたかのような錯覚さえ覚えるほどでした。そんなALMSの2008年シーズンは、毎戦にわたり大接戦。それゆえ、IRL同様にやはり3レースを選ぶのは非常に困難な作業でしたね。

<開幕戦、第56回セブリング12時間レース>

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 ALMSの開幕を告げる伝統のセブリング12時間レースですが、今年はレース開催前から大きな注目を集めていました。それが、プジョーの参戦です。打倒王者アウディを目標に、6月のル・マン24時間レース制覇を実現するため、マシンの耐久性や信頼性をチェックするには最適なセブリング12時間に参戦してきたのです。プジョー908の参戦はもちろん初。パドックには、アメリカではあまり馴染みのないヨーロッパ的な巨大なガレージテントを設営し、一際目立っていました。もうレース前はプジョーの話題で持ちきりでしたね。しかし、注目のレースでは油圧系のトラブルが発生し早々と脱落。結局、トップから33周遅れの12位に終わりました。それでも、プジョーの存在感はやはり大きく、改めてこのメーカーの持つ独特の魅力を実感しましたね。

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 さて、肝心のレースは、アウディ、ポルシェ、そしてアキュラの3大ワークスがスタートから真っ向勝負。直線の長いコースレイアウトとなるセブリングでは、エンジンパワーに勝るLMP1のアウディ勢が優勢と思われていたのですが、2台揃ってトラブルが発生して脱落。信頼性には絶対の自信を誇っていたアウディ勢の優勝戦線離脱はかなり驚きましたが、このことがレースをよりエキサイティングなものへと変えていったのです。この後、トップ争いはペンスキー・ポルシェの7号車と、ダイソン・ポルシェの2台、そしてAGRとフェルナンデスのアキュラの2台による、耐久レースとは思えないほどの緊迫した接戦が展開されました。最後は経験に優るペンスキーの7号車が後続の追撃を交わし、優勝を果たしたのですが、この大接戦を見て「今年のALMSは凄まじいシーズンとなりそうだ」と思わされましたね。事実、それが現実になっていくわけですが、そんなことを暗示していた開幕戦だったといえます。また、ロジャー・ペンスキーにとっては伝統のセブリングが初優勝だったというのも意外でしたね。ちょうど1カ月前にはNASCARのデイトナ500を初制覇したこともあり、これで5月のインディ500もペンスキーが制したら、歴史的な“トリプルクラウン”が達成されていたわけです。残念ながらインディ500はチップ・ガナッシに優勝をさらわれましたが、2008年シーズンのアメリカン・モータースポーツの主役は間違いなくペンスキーだったといえますね。

<第5戦ライムロック>

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 アキュラ勢が参戦2年目にして初の総合優勝を成し遂げたレース、それが第5戦のライムロック。アキュラにとっても、そしてシリーズ全体にとっても歴史的なレースとなりました。実は、このレースはインディカー・シリーズのナッシュビル戦と日程が重なってしまい、取材に行くことができなかったため、残念ながら歴史的瞬間を自分の目で見ることはできませんでした。ALMSの決勝は土曜日に開催されており、ナッシュビルは土曜のナイトレースで行われていたこともあり、インディカーのレース開始前のパドックは飛び込んできたこのニュースで持ち切りでしたね。それだけ、アキュラの総合優勝は関係者にとってはエポックメイキングな出来事だったといえます。

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 アキュラ初の総合優勝を成し遂げたのが、ハイクロフトでした。どちらかといえばアキュラの開発チームという色合いが強かったハイクロフトですが、アキュラとのジョイントが2年目となった今シーズンはアキュラ勢を引っ張っていくチームにまで成長。そしてライムロックでの総合優勝によって、名実共にアキュラ勢のエース・チームにまで成長していったのです。その後はLMP2クラス優勝を重ね、クラス王者獲得に向け最後までペンスキー・ポルシェと大激戦を展開していったのです。ライムロックでの優勝が、ひとつのターニングポイントとなったといえますね。このレースも、実に鮮やかな勝ち方でした。序盤は接触でマシンが破損し脱落したものの、終盤にチームのエースドライバー、デイビッド・ブラバムが猛追。最後はコース上でトップのアウディを捕えて優勝をさらいました。レース終盤のブラバムの追撃はALMSの風物詩となったといっても過言ではないほど、とにかく素晴らしい走りでした。ライムロックでの総合優勝は、アキュラにとっても、ハイクロフトにとっても、そしてブラバムにとっても、非常に大きなターニングポイントになったレースと言えるのではないでしょうか。

<第9戦ベルアイル>

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 ベルアイル戦は、レース内外で非常に注目された週末となりましたね。レース外のことでは、アキュラが2009年からLMP1クラスに参戦することを発表したのです。噂されていたこととはいえ、この発表で「ついにきたか!」という感想を持ちましたね。ただ、この発表で驚いたのが、LMP1参戦チームはハイクロフトとド・フェランの2チームということ。途中参戦組のド・フェランにはちょっと驚きましたが、参戦前からLMP1参戦が規定路線だったという見方もできますから、まあ納得はいきました。ハイクロフトに関しては予想通り。僕が驚いたのは、ここにAGRの名前がなかったことです。しかも、引き続き参戦するLMP2クラスにもAGRの名前がなかったのです。「もう1チームと交渉中だ」とエリック・バークマンHPD社長は席上で語っていましたが、これがAGRであることは明らか。それにしても、ALMSへ参戦当初はアキュラのエースチームと思われていたAGRですが、ここまでの成績を見ればたしかに納得させられるほど、とにかくチームは低迷していましたね。特に2008年シーズンは序盤から成績がぱっとせず、ついにはシーズン中盤でブライアン・ハータとクリスチャン・フィッティパルディの両ドライバーを解雇するなど迷走し続けていきました。「AGRはもう終わりか?」などと言われ始めていた矢先、この発表会の内容だったので、いろいろな意味でショッキングな発表会となりましたね。

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 しかし、この発表で奮起したのか、AGRは発表会翌日の決勝で素晴らしい走りを見せ、何とライムロック以来2度目の総合優勝をアキュラにもたらしたのです。この優勝に大きく貢献したのが、チームのエースドライバーとなった元スーパーアグリF1のフランク・モンタニーでした。ノータイヤ交換作戦を見事に遂行し、ペンスキー、アウディ、そしてハイクロフトの追撃を交わして総合優勝を成し遂げたのです。まさに劇的な週末でしたね。シーズンが終了した後も、AGRが来シーズンALMSに参戦するといった旨の発表はありませんが、AGRが意地を見せたレース、それがベルアイル戦だったといえます。