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“Dynasty(王朝支配)”誕生を予感させた2008年のNASCARスプリント・カップ・シリーズ

画像 ジミー・ジョンソンによる史上二人目の3連覇という結果で幕を閉じた2008年のNASCARスプリント・カップ・シリーズ。例年以上に見所満載だった今シーズンを振り返っていきましょう。

 NASCAR史上不滅の大記録といわれた3年連続チャンピオン獲得。今からちょうど30年前の1978年に、カール・ヤーボローによって成し遂げられたこの偉大な大記録に、今年、ジョンソンがその名を並べることになりました。今年はNASCAR創設60年という記念すべきシーズンでしたが、その節目の年に成し遂げられた大記録。30年に1度ということは、次に3年連続王者が誕生するのは、今から30年後の2038年ということになるのでしょうか? しかし、今年のジョンソンの走りを見ていると、来年にも4年連続王者が誕生するのではと思うほど、とにかく圧倒的でした。

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 2年連続ディフェンディング王者として望んだ今シーズン、ジョンソンの出だしは決して順調ではありませんでした。NASCARはここ数年、ジョンソンが所属するシボレー・ワークスのヘンドリック・モータースポーツによって完全に制圧されてきました。4度の王者ジェフ・ゴードンに加えて今年は人気ナンバー1のデイル・アーンハートJr.が加入したことで“NASCAR版ドリームチーム”が結成され、さらにパワーアップ。ハード面では今年から次世代ストックカー、カー・オブ・トゥモロー(COT)に全面移行となり、各チームとも横並びでのスタートになることから、巨大なチーム力を有するヘンドリック勢が開幕戦から連戦連勝していくのだろうというのが、周囲の見方でした。しかし、その座は早々とカイル・ブッシュ&ジョー・ギブス・レーシング(JGR)に取って代わられ、ヘンドリック勢は大苦戦。ジョンソンが第8戦フェニックスでようやく優勝したものの、その後はカイル&JGRに完全に遅れを取り、ゴードンとアーンハートJr.もトヨタのスピードにまったくついていけなかったのです。しかし、そこはやはりビッグチーム。シリーズ中盤になると徐々に戦力を取り戻し、ジョンソンはインディアナポリスでのブリックヤード400を始めに優勝を重ね、最終10戦でチャンピオンが決定するNASCAR版プレーオフ「チェイス・フォー・スプリントカップ」前の26戦で5勝をマーク。勢いそのままに、「チェイス」に入ってからも計3勝。しかし、それ以上に驚異的だったのが上位フィニッシュを重ねる安定感でした。「チェイス」10戦中、トップ10を外したのはわずか2回のみと、短期決戦となる「チェイス」の戦い方を完全に熟知した、まさに王者たる走りだったといえます。ジョンソンは記者会見でよく、「NASCARにもタイガー・ウッズやランス・アームストロングといった絶対王者がいてもいいと思うし、自分がその存在になれれば最高なんだけどね」と語っていましたが、今のNASCARではジョンソンは疑いようのない“絶対王者”。現地アメリカでは、絶対的な力を持って一時代を築いたアスリートやチームに対して、“Dynasty(王朝支配)”という言葉が良く使われていますが、2000年代に入り混戦模様だったNASCARにもついに“Dynasty”が訪れたのだと、今のジョンソンを見ると思ってしまいますね。ジョンソンはまだ33歳。巨大なチーム力を有するヘンドリックの戦力も加味すれば、4連覇、5連覇という記録も決して夢ではないと思います。

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 そのジョンソンと共に、今年のNASCARの主役を張ったのが、フォードのカール・エドワースと、トヨタのカイル・ブッシュです。シリーズ終盤の“最速ランナー”は、ジョンソン&シボレーではなく、間違いなくエドワース&フォードでした。特に第33戦アトランタ、第34戦テキサス、そして最終戦ホームステッドと最終4戦で3勝をマークした走りは圧巻でした。スピードでは完全にジョンソンを凌駕していましたね。ただ、「チェイス」に入って2度のリタイアが最後まで響き、69点差でジョンソンに及びませんでした。初タイトル獲得はなりませんでしたが、エドワースの走りは見所満載で、見ていて一番面白いドライバーです。圧倒的なスピードを見せたかと思うと、レース終盤には一転して信じられない燃費作戦を取って優勝をもぎ取るという、今までのNASCARの常識を覆す走りは、レース自体を非常にスリリングなものにしてくれましたし、見ていて毎回ハラハラドキドキさせてくれるほどでした。優勝後に見せるバク転は今年も健在で、結局シーズン最多の9勝をマーク。今、NASCARで一番勢いのあるドライバーであることは間違いないでしょう。フォードにとっても、2004年以来遠ざかっているタイトルの奪還には並々ならぬ闘志を見せていますし、来シーズンのジョンソンへのリベンジはほんとうに楽しみです。

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「チェイス」に入ってからの主役がジョンソンとエドワースだったら、「チェイス」前のシリーズの中心は間違いなくカイル&トヨタでした。シボレーの強豪だったジョー・ギブス・レーシングが今年からトヨタにスイッチしたことで、トヨタ勢全体の戦闘力が飛躍的にアップし、シーズン前のテストからトップタイムを連発するなど注目を集めていました。トヨタはCOTの全面移行されることを受け、昨シーズン中から開発の中心をCOTに集中させてきたことがプラスにつながったのです。当初は、長年チームのエースとして活躍してきた人気のトニー・スチュワートが中心になってくるだろうと思われていましたが、そんな予想を覆したのがカイルでした。カイルは昨年までヘンドリックに所属していたものの、アーンハートJr.が加入したことで追い出されるようにJGRに移籍。しかし、それが結果的にいい方向に働いたのです。第4戦アトランタでトヨタに参戦2年目での初優勝をもたらすと、その後は面白いように優勝を重ねていき、「チェイス」前の26戦で8勝をマーク。ロードコースの2戦も制し、オールマイティー・ドライバーとして完全に生まれ変わったのです。カイルの走りは超攻撃的で、時には物議を醸し出すこともあるほどですが、見ている観客からするとスリリングでほんとうに興奮させられるほどです。今年の活躍で、一気にスターダムへと上り詰めたといえます。今シーズンいっぱいでスチュワートがチームを去り、シボレー・ユーザーとして自チームを立ち上げることになったため、カイルが名実共にトヨタの顔として活躍していくことになるはずです。ジョンソン&シボレー、エドワース&フォード、そしてカイル&トヨタのエース・ドライバー同士による来シーズン以降の戦いは、今からほんとうに楽しみです。

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 3メーカーの話をしていて、「ダッジは?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、残念ながら今年もダッジは完全に3メーカーに遅れを取ってしまいました。開幕戦デイトナ500でペンスキーのライアン・ニューマンが初優勝し「今年のダッジは違うか?」と思わせてくれたものの、シーズンに入ってからは戦闘力が上がらず。結局、同じペンスキーのカート・ブッシュと、ケイシー・ケーンの2勝を併せた4勝に留まってしまいました。ダッジ・チャージャーの戦闘力不足で、期待されていたファン-パブロ・モントーヤのオーバル初優勝も残念ながら達成されませんでした。ただ、前回のコラムにも書きましたが、モントーヤ自身はストックカーの走りに完全に慣れてきていて、ハイスピードオーバルのレースでは毎回トップ争いを展開するほど。いまや、NASCARのトップドライバーのひとりといえるまでになってきたと僕は思っています。来シーズンは、所属するチップ・ガナッシがシボレー系のデイル・アーンハート・インクと合併することになり、シボレー・インパラでの参戦が濃厚と見られていることから、大いに期待できそうです。

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 また、ジェフ・ゴードンとマット・ケンセスというチャンピオン経験者が今年優勝ゼロという結果に終わったことはかなりショッキングでした。特にゴードンにとっては、フル参戦1年目の1994年以来の未勝利。「チェイス」には入り、最終的にランキング7位で終わったものの、優勝ゼロというのは誰もが予想すらできなかったことです。毎回優勝争いを展開していますし、スピード自体が鈍っていると僕は決して思っていません。ただ、今年はあまりにもトラブルやアクシデントが多すぎました。今までは、そんなことがあっても、圧倒的なスピードで優勝を積み重ねてきていたのですが、今年はそういう往年の勢いがなかったようにみえます。ゴードンも今年で39歳。長年ゴードンのメインスポンサーとして共にNASCARを戦ってきたデュポンとの契約が切れる2010年をもって引退するのではと噂されているほどです。個人的にも尊敬するゴードンには、ぜひとももう一度チャンピオンに輝いてほしいと思っていますし、来シーズンには4タイム・チャピオンの意地を見せてほしいですね。