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アメリカン・ル・マン・シリーズ・シーズン・レビューVol.1-激戦の2008年シーズン

画像10月18日のラグナセカで2008年シーズンの幕が閉じたアメリカン・ル・マン・シリーズ。例年にない盛り上がり見せた今シーズンを、2回にわたって振り返ってみようと思います。第1回目の今回は、LMP1クラスを中心としたシリーズ全体についてです。
 「レースが面白い!」。今のアメリカン・ル・マン・シリーズを表現すると、まさにこの言葉が当てはまるのではないでしょうか。非常に単純な表現でありますが、ほんとうにレース自体が面白いんです。特に今シーズンはその争いがさらに激化し、3時間以上のレースにも関わらず、最後までどのマシンが勝つかまったくわからないほどの大接戦が、毎戦のように繰り広げられました。しかも、コース上で戦っているマシンは、フォーミュラカーでも、ツーリングカーでもない、世界に名だたる大自動車メーカーが技術の粋を結集したハイテク満載の純粋なスポーツカー。これまでのスポーツカー・シリーズの歴史上でも、恐らく80年代後半から90年代前半に掛けて大いに盛り上がったIMSA-GTPクラスの戦いに匹敵するほどの激戦だったのではないでしょうか。
 ワークス体制で出場している自動車メーカーも年々増加し、今では王者アウディを筆頭に、ポルシェ、アキュラ、マツダ、GT1クラスのシボレー、そしてプジョーも2戦に参戦。準ワークス体制まで目を広げると、アストンマーチン、フェラーリ、そして来年からはGT2クラスにBMWも登場するなど、超豪華なラインアップとなっています。さらに、バイオ燃料のE85を使用した「エコ・レース」にもいち早く着手し、第10戦プチ・ル・マンからは、レースでの速さに加え、エネルギー使用量、温室効果ガス排出、石油代替燃料という3つの観点に割り当てられた係数から、レース中最も環境にやさしい“グリーン”なマシンを決定する「グリーン・チャレンジ」も世界に先駆けてスタートさせました。北米モータースポーツ界は長年NASCARの独壇場でしたが、シリーズの勢いという点で、北米ではこのALMSが最も“ノッテいる”のではと僕は思います。それほど、このシリーズに注目が集まっているんです。

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 2008年シーズンのALMSは、そんなシリーズの勢いを感じる大接戦となりました。昨年は、LMP2クラスのマシンが(主にペンスキー・ポルシェですが)毎戦のようにLMP1クラスのマシンを上回って総合優勝を重ねたことから、オーガナイザーは今年からLMP2クラスのマシン重量を増加させるレギュレーションに改定。そのため、LMP1とLMP2の争いが昨年以上にヒートアップし、大激戦が展開されたのです。シーズン前は、“ストップ&ゴー”の多いストリートコースで車重の軽いLMP2クラスがやや有利に展開されると予想され、長いストレートやエンジンパワーが必要とされる=距離が長く、コーナーの多いパーマネント(常設)コースではLMP1の有利に働くだろうと見られていました。しかしいざシーズンが始まってみると、高速コースの開幕戦セブリング12時間で昨年のLMP2クラス王者ペンスキー・ポルシェが圧勝という、まったく予想だにしなかった展開になったのです。また、第2戦セント-ピータースバーグの市街地レースではLMP1のアウディが優勝。「えー、どうなっているのぉ!?」とさすがに驚かされましたが、これはひとえにオーガナイザーの思惑通りに競争が進んでいることが、証明されたのだと思います。お互いのクラスが得意とされている土俵で勝つ。これほど面白い展開はないですからね。

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 クラスごとの戦いを見てみると、まずLMP1は唯一のワークス参戦ということもあり、今年も王者アウディの圧勝でした。必勝体制で臨んできたプジョーとの一騎打ちになったル・マン24時間も制するなど、王者の名に相応しい戦いは今年も健在。ただ、今年からヨーロッパのル・マン・シリーズにもフル参戦を開始したこともあり、長年ALMSで活躍してきたアラン・マクニッシュが開幕戦セブリング12時間を持ってALMSを去ることになったのは、個人的に残念でしたね。また、アウディでル・マン24時間を5度制するなど、「キング・オブ・アウディ」の名をほしいままにしたエマニュエル・ピロも、今年いっぱいで現役を引退することに。かつては日本国内のレースにも参戦するなど、日本でもお馴染みのドライバーでしたが、そんなピロも今年で46才となりました。まだまだ十分に活躍できるのでしょうが、最終戦ラグナセカをもって引退を決めたのです。ピロといえば、個人的にはピンクの伊太利亜カラーで走っていた全日本F3000時代の印象が非常に強いですが、もうピロの雄姿をサーキットで見れないのかと思うと残念ですね。

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 こういうタイミングで新たなスター・ドライバーが誕生するのが、アウディが王者と呼ばれる所以なのでしょう。それが、29才のドイツ人ドライバー、ルーカス・ルーアです。もともとポルシェのファクトリー・ドライバーだったルーアですが、昨年からアウディに移籍してドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)に参戦。そこでの活躍が評価され、今年からALMSでアウディR10 TDIのシートを得たのです。第2戦セント-ピータースバーグで早くも総合優勝を飾り、早速その才能を見せつけると、その後も目覚しい活躍を見せ、マルコ・ベルナーとのコンビで見事LMP1クラス・チャンピオンを獲得しました。ルーアの一番の見所は、その天性のスピードに他なりません。予選でもアタッカーを務めており、現在のアウディ・ファクトリー・ドライバーでは、最速と呼べるのではないでしょうか。ただ、スポーツカーの経験が浅いこともあり、プラクティス中のクラッシュも何度か見られました。まあ、この辺はまだまだ若さが残るところだと思いますが、今後ルーアの走りには大いに注目してほしいですね。

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 LMP1クラスといえば、プチ・ル・マンからザイテックがハイブリッド・エンジンを投入したのも、注目すべき出来事でした。マイナー・トラブルが続出し、結局決勝では使用することができませんでしたが、シリーズに一石を投じたことは確かです。このハイブリッド・エンジンには、F1でも導入が検討されているエネルギー回生システム(KERS)も搭載されており、来年はどのような形で出場してくるのか非常に楽しみです。「エコ・レース」を目指すシリーズの姿勢を改めて全米中に知らしめたと思います。

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 GT1クラスはアストンマーチンが、DBR9を投入して数戦に参戦。ライバルがいないことからシボレー・コルベットの独壇場となっていたこのクラスで、久しぶりに競争が見られましたが、やはり長年の経験とワークス体制のシボレー・コルベットの強さは圧倒的で、予想通り(?)の全勝でした。ただ、昨年までは記者会見で必ず「ライバルがいないレースを戦うモチベーションは、どのように維持しているのか?」といった質問がシボレーのドライバーに飛んでいましたが、今年はそういう質問は聞かれなくなりましたね。アストンマーチンの参戦はあくまでプライベートチームでの挑戦のため、来シーズンもこのクラスの勢力図が大きく変わることはないでしょうが、1戦くらいは優勝を期待したいですね。

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 GT2クラスは、今年もフェラーリF430とポルシェ911 GT3 RSRが毎戦のように大接戦を演じ、大いに盛り上がりました。昨年フェラーリ勢に苦渋を飲まされたポルシェ勢が今年は奮起し、ドライバーズランキングではワン・ツー・スリーを独占。マニュファクチャラーズでもフェラーリをわずか5ポイント差でかわし、2005年シーズン以来の2冠を達成しました。来年は、このクラスにBMWがM3を投入することになっており、争いがさらに激化することは必至。LMP1やLMP2の総合優勝争いに隠れがちですが、来年はこのGT2クラスもぜひ注目してください。