Nobuyuki Arai's

プレイバック2008年インディカー・シリーズVol.2〜苦しみながら勝ち取った武藤英紀のルーキー・タイトル〜

画像 今シーズン、インディカー・シリーズにフル参戦を果たした武藤英紀。日本人として初めて表彰台に上り、ルーキー・オブ・ザ・イヤー獲得と素晴らしい活躍を見せてくれました。しかし、武藤本人には満足感が見られませんでした。

「すごく難しいシーズンでした」。最終戦シカゴランドのレース直後、僕ら日本人メディアに向けて語った言葉が、武藤の今シーズンを象徴しているようでした。「難しい……」。特に、シーズン終盤の走りを見ていると、この言葉がピッタリ当てはまるように、とにかく苦しんでいる表情ばかりが印象に残っています。特に第13戦エドモントン以降は、マシンのトラブル、ピットインのミス、そして武藤本人のドライビングミスなど、シーズン序盤ではほとんど見られなかったトラブルやアクシデントが続出し、成績は一向に上向くことがありませんでした。この辺は、見ている僕ら報道陣もかなり歯がゆかったくらいですから、本人の感じるところや、想像をはるかに超えるほどだったと思われます。「難しい……」。ショートオーバル、ハイスピードオーバル、ロードコース、そして市街地コースと多種多様なコースを持つインディカーのレースは間違いなく世界で最も奥が深い、難しいレースであることは明白です。ただ、僕はこういう見方も出来るのではと思います。「難しい……」と思えたことは、インディカーのトップレベルに向けたプロセスなんだ、と。つまり、シーズン序盤の活躍があったからこそ、「難しい……」と思えるようになったのではないでしょうか? それほどまでに、武藤のルーキー・シーズン序盤戦は素晴らしいものがあったのです。

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 シーズン開幕前、武藤は「言い訳できない体制で参戦できることに、自分でも興奮しています」と語っていました。「言い訳できない体制」とは、もちろん所属するアンドレッティ・グリーン・レーシング(AGR)のこと。昨年のチャンピオンチームで、ペンスキー、チップ・ガナッシと並んで“ビッグ3”と称されるインディカー・シリーズを代表するビッグチームです。そんな恵まれた体制を得たことで、周囲の期待は否が応でも盛り上がりました。しかし、いざ蓋を開けてみると、今年のAGRはペンスキーやガナッシに対して完全に水を開けられ、セカンドグループへと後退。その最たる要因は、昨年の王者ダリオ・フランキッティがチームを離脱し、NASCARに転向してしまったことです。チームのイニシャルセッティングを務めていたフランキッティが抜けたことで、トニー・カナーンに大きな負担がかかり、チームとしてうまく機能していかなくなってしまったのでしょう。そんな状況にもかかわらず、武藤はルーキーらしからぬ安定感でシーズン序盤を無難に乗り切っていきました。第4戦カンサスでは6位フィニッシュ。インディ500でも7位に入り、急速にインディカーのドライブをマスターしていったのです。シーズン序盤の武藤の走りは見ていてほんとうに安心感があったというか、とにかく落ち着いて物事に対応していた感じがしました。特にオーバルのレースでは、「集団の中の走り、ウエイトジャッカーを使ってクルマを常に安定した状態にすることなど、勉強することだらけでした」と、毎戦何かを学び取ろうとする姿勢がすごく感じられましたね。ルーキーらしからぬ安定感と、ルーキーらしい貪欲な姿勢、これがうまくミックスされているようでした。

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 そんな流れの中で迎えたのが第8戦アイオワ。7番手からスタートしたレースは、グリップ不足のために序盤で順位を落としてしまうものの、その後燃費作戦に切り替えたチームの戦略がピタリとはまり、終盤には一気に2番手まで浮上。同じ作戦を採っていたダン・ウェルドンとの残り数周のバトルは、ほんとうに手に汗握るものでした。僕はメディアセンターでレースを見ていたのですが、このときばかりは外に飛び出し、仕事を忘れて毎周のように「行けぇ〜!」と大声を出してしまっていましたね。パッシングには至りませんでしたが堂々の2位フィニッシュ。27号車のクルーは大騒ぎし、僕ら日本人メディアも興奮が抑えられないほどでした。日本人初の表彰台に上った武藤が、ほんとうに誇らしかったですね。まあ、当の本人は「優勝できたかもしれないと思うと、素直に喜べない。複雑な気分です」と、表彰台で笑顔をなかなか見せてくれなくて、写真を撮るこっちとしては困ったものでした(笑)。後日談ですが、「やっぱり素直に喜んだほうが良かった。気持ちの切り替えも今後の課題ですね」と武藤本人が言っていましたね。この快挙は日本でもかなり大きく報じられたようで、インディカー・レースを日本に知ってもらえる良いきっかけになりましたし、そういう意味でも武藤の功績は大きかったと思います。

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 その後、第11戦ナッシュビルで予選2列目の3位を獲得するなど、課題だった予選でのスピードも上がり、また表彰台フィニッシュが見られるかと思ったのですが、このあたりからチーム全体の勢いが完全に失速。悪いことは重なるもので、武藤のクルマにはトラブルが続出し、それを挽回しようとクルーがレース中のピットインのタイミングを変えるなどしてみたものの、そのほとんどはうまく行かず。まるで負のスパイラルに陥ってしまっているようで、まったく浮上のきっかけをつかめないままシーズンを終えることになってしまったのです。「シーズン終盤はほんとうに苦しかったです」と、苦しみ抜いていましたね。特に終盤は同じルーキー・オブ・ザ・イヤーを争うチャンプカー組が台頭し、かなりひやひやしましたが、最終的には目標だった同賞を獲得。苦しみながら獲ったルーキー・オブ・ザ・イヤーには「ほんとうに意味がある」と語っていました。ただ、「まさか最後にこれほど苦しんで獲ることになるとは思っても見なかった」ともコメントしているあたりに、終盤の苦しみをうかがい知ることができました。

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 武藤の戦いぶりを見ていて思ったのは、オーバルに関してかなり走り方が分かってきたということ。「タイヤのセットによってグリップが不足するときがレース中に必ずある。トップドライバーはそういった状況でも順位を下げることなく走行できている」と課題を口にしていましたが、シーズン序盤に比べると集団の中でのライン取り、リスタート、ピットイン&アウトなどなど、1年間でかなり成長したように思えます。一方で、残念だったのがロードコースでの走り。国内最高峰フォーミュラ・ニッポン出身の武藤にとって、ロードコースはまさに自分のフィールド。チャンプカーとの統合によりロードコースのスペシャリストが多数シリーズに入ってきた今シーズンにあっても、武藤のロードコースでの経験はいささかも劣るものではありませんでした。それゆえ、特に予選での走りには期待していたのですが、最後まで見せ場を作ることができませんでした。これは今年から導入されたノックアウト方式の予選に、チームも武藤も最後まで慣れなかったことが原因だったのではと、僕は思います。来シーズンはオーバルでももちろんですが、それ以上にロードコースで大暴れしてほしいですね。

 最終的にランキングは10位となり、開幕前に語った「チームの中で一番になること」という目標は達成できませんでした。しかし、日本人初の2位表彰台、ルーキー・オブ・ザ・イヤーの獲得と、素晴らしい活躍を見せてくれた武藤。2年目となる来シーズンに関して質問すると、「来年は優勝を目標にがんばります!」と明確に答えてくれました。日本人ドライバーがまだ見ぬ“優勝”の二文字に向けて、武藤が来シーズンどのような走りを見せてくれるのか、今からほんとうに楽しみです。