Nobuyuki Arai's

ようやく掴んだ最高峰シリーズでの勝利

画像 アトランタで行われたNASCARスプリント・カップ第4戦で、カイル・ブッシュがドライブするカムリが優勝し、トヨタがNASCAR最高峰カテゴリーで念願の初Vを飾りました。スプリント・カップ参戦2年目、NASCAR参戦9年目にしてようやくたどり着いた優勝には、心から拍手を送りたいと思います。日本車メーカーとしてはもちろん初めて、外国自動車メーカーとしては1954年のジャガー以来2例目という歴史的な勝利となりました。

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 この週末のトヨタ勢は、非常に浮き沈みが激しかったです。金曜日の予選では、ブッシュの6番手が最高。土曜日のファイナル・プラクティスはハンドリングのセットアップに苦しみ、J.J.イェーリーの12番手が最高で、翌日の決勝に向け非常に厳しい見方をしていたのです。そんな不安を一蹴したのは、レースでのブッシュの素晴らしい走りでした。ブッシュは序盤の60周目でトップに立つと、その後はまったく危なげない走りを見せ、ゴールまで突き進んでチェッカー。終盤に驚異的な追い上げを見せたトニー・スチュワートも2位に続き、トヨタの歴史的勝利を1−2フィニッシュという最高の形で飾ったのです。今年からトヨタにスイッチしたジョー・ギブス・レーシング(JGR)の2台によって成し遂げられた初勝利は、トヨタのNASCAR2年目の積極補強が正しい方向に進んでいることを示していたと思います。
 トヨタがNASCARに参戦を開始したのは2000年。当時はまだオープン・ホイール・レーシング・シリーズにも参加していたのですが、この頃からトヨタの中にはNASCARプログラムをより重要視する姿勢があったのだと思います。最初は下位カテゴリーのグッディーズ・ダッジ・シリーズにセリカで参戦を開始。2004年からはNASCARのトップ3ナショナル・シリーズのひとつ、クラフツマン・トラック・シリーズに、アメリカで製造されているフルサイズ・ピックアップ・トラックのタンドラを引っさげて挑戦します。トラック・シリーズ3年目の2006年には、ダブル・タイトルを獲得。そして2007年から満を持して最高峰ネクステル・カップ(当時)に昇格したのです。しかし、競争が激化している最高峰シリーズは、さすがに一筋縄ではいかず、加えてトヨタ勢3チームの内、マイケル・ウォルトリップ・レーシングとレッドブル・レーシングの2チームが新規参戦チームという不利な状況もあって、シーズン序盤から予選落ちを連発。楽観視こそしていなかったものの、この惨状にトヨタ関係者も「予想外の結果。エンジンを含めたマシンの戦闘力は完全に劣っている」と認めざるを得なかったほどでした。上位勢とのスピード差は、予想を超えるものだったようです。終盤には盛り返したものの、辛酸を舐めたカップ・シリーズ初年度だったと言えました。
 そんな現状を打破すべく、2年目に向けてトヨタは積極的に動きました。その目玉が、JGRとの契約発表です。最高峰スプリント・カップで3度のチャンピオン獲得を誇るJGRは、スター・ドライバーのトニー・スチュワートと、若手成長株のデニー・ハムリンを擁する強豪。ここに、今シーズンからシボレーの王者ヘンドリック・モータースポーツからカイル・ブッシュが加入し、チームはさらにパワーアップしました。トヨタ勢の戦力が一気に向上したのです。一方で、「トヨタがJGRを満足させるクルマを提供できるのか?」がシーズン前の焦点になっていましたが、開幕前のテストでトップタイムを連発して不安を一蹴。実際、NASCARではマシンの製作はチームが行い、JGRなどのビッグチームは独自のエンジン・チューニング設備もあります。つまり、クルマのベースさえしっかりしていれば、あとはそこをいかにパワーアップしていくかはチームの能力次第となります。JGRのボスでNFLワシントン・レッドスキンズの前ヘッドコーチのジョー・ギブスも、「チームが大きな変化を遂げたことで、今年のオフはとにかくやることが多かった」と今オフのハードワークを口にしていましたが、さすがはNASCARを代表する強豪チーム。しっかりとシーズンに間に合わせてきたのです。

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 開幕戦のデイトナ500では最後までスチュワートがレースをリードしていたものの、ファイナル・ラップでダッジ勢にかわされ、念願の初優勝は持ち越しとなっていました。迎えた第4戦アトランタでは、今度はカイル・ブッシュが奮起。金曜日のクラフツマン・トラックをタンドラで制し、土曜日のネイションワイド・シリーズでもタイヤがブローするまではトップを独走していました。絶好調を維持したまま日曜日のメインレースに臨み、見事トヨタに優勝の二文字をもたらしたのです。「優勝はいつでもうれしいけど、僕がトヨタに最初の優勝をもたらせてうれしいよ」とブッシュが笑顔を見せると、TRD-USAのジム・オーストCEOも「トヨタにとって歴史的な日となった」と感無量の表情を浮かべていました。また、今年で60年目を迎えるNASCARにとっても非常に歴史的なレースとなったといえます。「アメリカ人の、アメリカ人による、アメリカ人のためのレース」と言われていた近年のNASCARに、アメリカ自動車メーカー以外では初めてトヨタに門戸を開放し、そしてこの日ついに優勝を挙げました。参戦当初に聞かれたトヨタ・バッシングも特に聞かれませんでしたし、NASCARが新しい時代に突入したことを実感しましたね。これで、カイル・ブッシュはランキングでトップをキープ。初勝利の勢いそのままに、チャンピオンまで突っ走っていく可能性も十分あると思わせる、アトランタでの初優勝でした。