Osamu Ishimi's

チーム・プレーの難しさを改めて思い知らされた武藤英紀2度目のインディ500

画像今シーズンの武藤は、昨年のルーキー・シーズンとはまったく異なるマシン・セッティングを目指して戦っています。昨年は単発的に鋭い走りを見せることもあり、見た目には「今シーズンよりも去年のほうが良かったんじゃないの?」と思うかもしれません。

しかしダウンフォースを削ってスピードを追い過ぎたマシン・セット・アップをしていたため、昨年のマシンは1スティントを通して安定した走りを見せることが難しいものでした。最初の30周は速く走れても、後半の20周は大きくスピード・ダウンしてしまうという状態です。

武藤はその教訓を活かし、今シーズンはここまで1スティントを通してタイヤのパフォーマンスを落とさないマシン作りに専念して毎レースに臨んでいます。第1戦、2戦とロード・コースのレースが続き、クラッシュに巻き込まれるなど成績こそ今ひとつの状態でしたが、第3戦のカンザスからは今追い求めているセッティングに手応えを感じ、総本山インディアナポリスで大きく開花する予定でした。

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そのインディ500、第1週目は予選に向けたセッティングから始めたものの、ニュー・シャシーの特性に翻弄されたために出遅れ。ポール・デイで予選通過することが出来ないなど苦汁を舐めましたが、セカンド・デイ・クオリファイで16番手のグリッドを確約してからは、今シーズンのテーマである“決勝レースに強いマシン”作りに精を出してきました。

バンプ・デイに行われた練習走行では、ついにトラフィックの中で自由に操れる&タイヤに優しいセッティングを手に入れることが出来たのです。武藤自身「昨年よりは数段上のマシンを作り上げることが出来ました」と笑顔満面で応えていたことが印象的でした。

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そしてインディ500の決勝を迎えたわけですが、23周目のフル・コース・コーション中に行った1回目のピット・ストップで、ジャックマン(ジャキアップ担当)が一度マシンを落としてしまったものの大事には至らず。この時に施したフロント・ウィングのセッティング(左フロント+1/2)がマシン・バランスをいっきに向上させ、28周目のリスタート後から50周目までにジャスティン・ウィルソン、エド・カーペンター、ダン・ウェルドン、ビトール・メイラ、そしてポール・トレイシーらを次々とオーバーテイクして10番手に躍進します。

この時点で武藤は、間違いなくトラック上でベスト3に入るマシンを手に入れていました。取材する我々も「今日の武藤は必ず優勝争いに絡む」と大きな期待を胸中に持ち、その後のレース展開にワクワクしていたのですが、56周目にピット・インの指示を受けた武藤がピットへ向おうとした時、ターン4でグラハム・レイホールがクラッシュする事態に。当然ピット・インの指示を取り消してステイアウトさせる(コース上に留まる)ものだと誰もが思っていましたが、ピットと武藤の無線交信が滞ってしまい、武藤はピット・ロードへと入ってくることになってしまったのです。

この瞬間トラック上はフル・コース・コーションが出され、ピット・ロードはクローズ。しかしピット・インしていた武藤は、IRLのレギュレーションで許される燃料のクイック・チャージ(2秒)のみを行い、いったんコースへ戻らなければなりません。やがてピットがオープンとなり、再び3周後の59周目にピット・インしてフル・サービス(4タイヤ&燃料補給)を受けたのですが、ここで17番手まで大きくポジションを落とすことになってしまいました。

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武藤が所属するAGRが他チームよりも先にアクションを起し、早目にピットを終わらせてレース展開を有利に運ぼうという作戦を採ったことはまだ納得出来ます。けれども、レイホールがクラッシュしてから数秒間余裕があったにもかかわらず、ステイ・アウトをコール出来なかったのは何故なのか? 疑問です。

これで武藤は一時冷静さを失い、リスタート後20番手までポジションを下げますが、ピットから「レースはまだまだ長い、今日のマシンだったら必ずトップ・グループに絡める」という励ましに応え、その後も我慢強く1台1台抜きながらレースを進めていきました。

そしてレースが半分を迎えようとしていた時に、チームメイトのトニー・カナーンがバック・ストレッチでクラッシュ。この5回目のフル・コース・コーションが出された時点で武藤の順位は12番手まで回復しており、後半の猛チャージに備えて100周目にピットへ向いました。ところがこのピット作業でジャックマンがなんと再びマシンを落としてしまう失態を演じてしまい、タイヤ交換が滞って大きくタイム・ロスすることになったのです。

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さすがにこの時は私もピット・サイドで「何やってんだよ」と声を荒げてしまうほど。武藤の頭の中も怒りを通り越して、真っ白になっていたことでしょう。これで武藤は再び20番手まで後退。その後武藤はある意味開き直った走りを見せ、再び徐々にポジションを回復していきますが、後半勝負に出ているマシンや周回遅れのマシンに道を阻まれるなど、思うような走りができませんでした。

結局このハーフ・ウェイでの大失態が最後まで尾を引いてしまい、2度目のインディ500は不本意な10位という順位でフィニッシュすることになったのです。私の見る限り、優勝したカストロネベスには追いつけなかったと思いますが、もしすべてのピット・ストップが問題なく行われていたとしたら、2位に入ったウェルドン、3位に入ったパトリックとバトルしていたのは確実だっただけに、本当に悔しいですね!!

今回大失態をしてしまったジャックマン。実はいつも武藤のマシンを担当するレギュラー・クルーではなかったのです。インディ500の第2週目に担当ジャックマンがオートバイ事故に遭って入院するという最悪の事態が起きてしまい、急遽別のクルーが補充されたのですが・・・、我々の心配は的中してしまいました。

それは入院したジャックマンがクルーたちの中では要的存在で、武藤がマシンに乗り込む時にシートベルトを締める係りでもあり、ピットの間合いや呼吸も絶妙で、武藤をはじめクルー全員が大きな信頼を寄せていたからです。彼がいなくなって大丈夫だろうかと、誰もが心配していたのでした。

スタートしてからフィニッシュまで、モーター・レーシングはチーム・スポーツ。特にオーバル・コースのレースでは、ドライバーがどんなに速く走って順位を上げても、ピット・ストップでミスを犯して3秒のロスをしたら、概ね5台から10台のマシンに先を越されてしまうもの。歯車が一つでも狂ったら、優勝から遠のいてしまいます。

だから絶対にミスは許されないのです。ペンスキーやチップ・ガナッシが強いのは、ドライバーの力量はもとより、チーム・クルーがミスを起さないという基本的なところがベースになっています。本来、ミスを犯したクルーだけを責めるわけにはいきませんが、今回だけは言わせてもらいますよ、「バカヤロー!!」てね。

そして最後に武藤へ一言。

「悔しいレースになってしまったけど、腐らずにこれからも頑張ろう。今年のインディ500は昨年より何倍も成長した武藤を見させてもらったぞ!! 今やろうとしていることは決して間違っていない。必ず近いうちに、素晴らしい結果が生まれる」