Nobuyuki Arai's

勝負の年となる武藤英紀の2009年シーズン

画像 IRLのオフシーズン合同テストで、いよいよ2年目のシーズンのスタートを切った武藤英紀。自ら「勝負の年」と言い切る2009年シーズンに向けた現状と、昨年を上回る活躍に期待を込めて、武藤の今シーズンを予想してみたいと思います。

「とにかく今年は優勝したい。何勝とか具体的な目標ではなくて、とにかく1勝したい。それが達成できれば、その後に続いていくでしょうから」
 ホームステッドでの合同テスト中、武藤は僕のインタビューで力強く「優勝」の二文字を語ってくれました。インタビュー前から、この二文字はある程度予想していたものの、実際に武藤本人の口から聞くと、こちらも思わず身震いしてしまうほどでした。日本人ドライバーによるアメリカン・トップ・オープンホイールシリーズでの優勝……アメリカンモータースポーツを応援してくれるファンの方々はもちろん、取材する我々メディアも、そしてアメリカンレースに携わるすべての日本人スタッフにとっての悲願です。今シーズンはついに優勝の二文字を手につかめるほどの実力と、チーム体制を兼ね備えた日本人ドライバーが現れたんだと、改めて実感させれましたね。それほど、武藤の口調には自信と決意が強く感じられ、話を聞いているこちら側も、「今年の武藤なら。。。」と思わされてしまうほど。今シーズンにかける武藤の意気込みは並々ならぬものが感じられました。

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 武藤本人が語っているように、今年はまさに勝負の年。ドライバー人生をかけたシーズンになるといっても決して過言ではないでしょう。IRL参戦2年目ということで、「コースを知らないから」「ルーキーだから」という甘えも許されないですし、何より周囲からの期待というプレッシャーは相当高いはずです。もちろん、昨年から武藤本人には「1年目は学習の年」といった甘えは一切なく、毎戦毎戦自分を追い込んでレースに向かっていたことは取材している僕らはよく知っています。その結果、日本人として初の表彰台に上る快挙を達成するなど、目覚しい活躍を見せてくれたのは周知の事実。それでも、「あそこまで行けば勝ちたかった。2位のうれしさより、優勝できなかった悔しさの方が大きかった」と、その表彰台で笑顔をあまり見せなかったのは、まさに武藤の目指すべきポジションの高さを物語るエピソードだったといえます。しかし、期待されたシーズン終盤はチーム全体がペンスキーとチップ・ガナッシについてゆけず失速したことも影響し、目立った成績を上げることはできませんでした。結果的にルーキー・オブ・ザ・イヤーこそ獲得したものの、ランキングは10位とAGRの4人中最下位。「いい経験にはなりましたが、やっぱり悔しさが残ります」と昨シーズン最終戦で語っていたのを思わず思い出してしまいました。その悔しさを今シーズンは晴らす、という決意がみなぎっているように僕には見えましたね。

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 勝負の年のスタートとなった合同テストでは、2日間総合10番手。出だしとしてはまずまずの結果になったと僕は思います。ただ、心配なのが初日に露呈したマシンのスピード不足。初日は20台中16番手に終わり、「クルマ自体はそんなに悪くないのにスピードが遅すぎ」と武藤自身もお手上げという状態だったのです。実際、チームメイトの3人も総じて下位に沈み、順調に上位タイムをマークしたペンスキーとチップ・ガナッシとはあまりにも対照的で、「どうしたAGR?」と心配しました。2日目には何とか持ち直し、マルコ・アンドレッティが3番手、トニー・カナーンが4番手と“ビッグ3”としての面目を保ちましたが、昨シーズン終盤に空けられた2強との差が、少なくても今回のテストでは埋まっていないようでした。

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 ただ、あくまでもテスト。「今回はレース用セッティングにテーマを置きました。昨年は予選を意識するあまり、タイヤを使い切ってしまったりいろいろと課題が残りましたから。それに、チームはテストで何を試しているかをちゃんとわかっていますし、特にタイムだけを見ているわけではありません」と、武藤自身も結果を心配している様子はありません。それでも、2日目には武藤の27号車が終盤にタイムアップを果たして総合10番手まで浮上。「最後はマシンがかなりまとまっていい状態になった。納得いくテストになりました」と武藤の表情が和らいだのが、すべてを物語っていましたね。参戦2年目となり、武藤自身も自分のペースでテストを進められているようでしたし、何より緊張感の中でもある程度リラックスしてプログラムをこなしている余裕もあるように見えました。今年は、ダニカ・パトリックのクルーチーフがチームを離脱したことでチーム内でエンジニアの大々的な配置変換がされたのですが、武藤の27号車だけは昨年の顔ぶれがほとんど残り、気心知れたスタッフと2年目に臨めることも武藤にはプラスに働いていくはず。武藤にとっては、まさに「言い訳の出来ない体制」を手に入れたと言えます。あとは「結果」です。

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 前回のコラムでも書きましたが、今年はスコット・ディクソンとライアン・ブリスコーの2台の一騎打ちになると僕は予想しています。テストでの走りを見ても、この2台のスピードが完全に頭ひとつ抜けていました。武藤にとっては、優勝を成し遂げるのはこの2台を打ち負かさなければならないわけです。もちろん、チームメイトの3人も強力ですし、復帰したダリオ・フランキッティ、復活を目指すダン・ウェルドン、そして今シーズン大注目のNHR勢と強敵だらけで、やすやすと初優勝が達成されるとは武藤本人も思っていないはず。ただ、そういった強力なライバルを向こうにみても、今年の武藤なら何かをやってくれそうな雰囲気を感じたのは、恐らく僕だけではないはずです。そう周囲に思わせるのは、武藤の自信と決意によるのだと思います。

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「不況という状況の中でレースをできることをほんとうに感謝していますし、だからこそ支えてくれる周囲の皆さんの期待に応える走りをしないといけないと思っています。今年は、日本からのサポートがなくてもアメリカで認められるドライバーになる足掛かりを作れるようにしたいです」。ドライバー人生を賭けた武藤の戦いが、今からほんとうに楽しみです。がんばれ、ヒデキ!