世界的な金融恐慌による景気減速は、北米モータースポーツにも大きな影響を及ぼし始めています。なかでも一番注目されているのが、NASCARに参戦しているビッグ3の動向です。
今年9月に、米大手証券会社リーマンブラザーズの破綻が引き起こした世界的な金融恐慌は、ビジネス界だけではなく、スポーツ界にも大きな影を落とし始めています。特に一番打撃が多かった北米ではその影響が顕著。世界最高水準のスポーツ・ビジネス・モデルをいち早く構築し、ビジネス界との結びつきを強くしている北米スポーツ界全体への影響は深刻です。なかでも、スポンサー・マネーへの依存度が他のメジャー・スポーツより大きいモータースポーツはいちばん打撃を受けているといっても過言ではありません。モータースポーツ活動の基盤は、もちろんお金です。運転資金がない限り、どんな有能なドライバーも、どんなに優れたスピードを誇るマシンも、すべて宝の持ち腐れになってしまいます。ここ数年は米国内景気が好調だったことから、多くの企業がモータースポーツをマーケティング活動の手段として活用してきたことが、北米モータースポーツ全体を活況させた要因となってきたことは間違いありません。その恩恵を最も受けてきたのが、NASCARです。観客の注目が集まれば、その分スポンサーの関心も引きます。そこに広告という要素が絡み、メディア露出も増大して、ひいてはシリーズ全体の成長につながるわけです。そうしてNASCARはモンスター・シリーズとして現在の地位を確立しました。しかし、いったん景気が後退して企業にスポンサー・マネーを払う余裕がなくなってくると、逆にそのシリーズ全体の巨大さが大きな足かせとなってきます。これが、現在のNASCARの現状といっていいでしょう。そんな状況をさらに悪化させるかのように、今度はスポンサーではなく、マニュファクチャラー側に、シリーズ参戦の危機が訪れています。ゼネラル・モータース(シボレー)、フォード、そしてクライスラー(ダッジ)の、いわゆるビッグ3が経営不振により、NASCARへの参戦が危ぶまれているのです。
日本でもビッグ3の経営危機に関する報道は多くされていると思いますが、アメリカ国内ではまさに連日といっていいほど自動車業界の不況の記事がメディアに踊っています。3社とも連邦破産法の適用を視野に入れているといわれており、まったく予断を許さない状況のようです。日本同様に自動車産業の裾野は広く、部品メーカーなどすべてを含めると、北米全体で100万人もの雇用があるとも言われています。もし親元のビッグ3が崩れれば、当然この雇用の保証もなくなるわけで、全米中に失業者が溢れ出す可能性が指摘されています。現在、米連邦政府からの公的資金の融資を懇願している最中ですが、それだけビッグ3の経営が瀬戸際に立たされているのです。そうなると、当然ながら少しでも無駄を排除したい、ほんとうに必要なもの以外はすべて削減するというのが当然の帰結。ここに、モータースポーツ活動の是非が問われているわけです。特に、活動資金の大きいNASCARへの参戦継続に焦点が当てられているのです。
NASCARの現場でも、シリーズ終盤戦はチャンピオンシップ争いと共に、この話題が大きく注目されていました。しかし、まずはフォードが今年10月にワークスチームのラウシュ・フェンウェイ・レーシングと複数年のサポート継続を発表、参戦中止の噂を一蹴します。ゼネラルモータースも、「NASCARを止める考えは現状で一切ない」との声明を発表。来シーズンも、ヘンドリック・モータースポーツ、リチャード・チルドレス・レーシングら計4チームへワークス支援をすることを明らかにしました。ダッジからは直接の発表はありませんが、少なくとも来シーズンは参戦を継続していくことは間違いありません。ただ、それはスプリントカップだけに限った話で、シボレーとフォードは既にトラック・シリーズへのファクトリー・サポートを中止し、活動の縮小を余儀なくされています。現状ではすぐにビッグ3がNASCARから姿を消すという可能性は排除されたといえるでしょうが、今後ビッグ3が生き残りのために破産法適用を選択した場合は話がまったく違う方向に進んでいきます。破産法申請後は企業内に連邦管財人が入り、今後の再建計画を提出する必要があります。そこで債権者がNASCAR活動を承認するかどうかを判断することになるのです。つまり、企業の意思だけでは参戦の継続を決められなくなるわけですね。もちろん、このような事態にならないことを願いますが、事と場合によっては……ということも十分考えられます。
ビッグ3の動向より一足早く、この世界的な景気後退は着実にNASCARへ影響を及ぼし始めています。なかでも顕著なのがスポンサーの撤退です。今シーズンも多く見られましたが、来シーズンに向け多くの企業による撤退の話が連日報道されています。来シーズンも4台体制を予定していたデイル・アーンハート・インクは、スポンサーを確保できたのがわずか1台のみ。チップ・ガナッシ・レーシングも2台体制中、モントヤの42号車はシーズン半分の18戦分しかスポンサーを確保できておらず、参戦の危機が叫ばれていました。そこで、この2チームはあっと驚く合併を発表し、来シーズンは「アーンハート・ガナッシ・レーシング」となることになりました。このようなチーム同士の合併は今後も加速されるのではと見られています。また、参戦コスト削減のために、来シーズン中のテストを一切禁止することも発表されました。さらに、2007年に締結された米ネットワークFOX、ESPNとの年間5億6000万ドル(1ドル95円で532億円!!)とも言われる巨額のテレビ放映権料の減額交渉が行われていると言われています。今後も、こういった類の話が多く出てくることは間違いないでしょう。
近年は外国人ドライバーの参入や、トヨタの参戦などで様変わりをしているNASCARですが、今でも根底に流れているのは“ジ・アメリカン・レース”。もしビッグ3が参戦を中止する事態になると、シリーズ全体の存続に大きな影響を及ぼすことは確実です。2年前、トヨタのカップ・デビュー戦となったデイトナ500の現場で、とあるファンに話を聞いたことを思い出します。彼は、「俺はソニーもパナソニックも好きだし、日本製品や日本という国に対する偏見はなにもない。トヨタだっていい車だし、実際俺はカムリを持っている。トヨタのNASCAR参入も問題はない。ただ、NASCARは俺らアメリカ人にとってはジ・アメリカン・スポーツなんだ。MLBやNBAを見てみろよ。活躍するのは外国人選手ばかりだ。NASCARは、NFLと共にアメリカ人のアイデンティティを誇れる最後の砦なんだよ」と話していて、すごく納得したことを覚えています。今では、僕が取材している限り、トヨタに対する偏見やバッシングはほとんど見られませんし、今シーズン中盤までカイル・ブッシュが勝ちまくっていても、トヨタという外国自動車メーカーに対する風当たりはなんらありませんでした。ただ、NASCARファンには、彼が話していたような考えが根底にあるんだろうなと僕は思っています。もしビッグ3が撤退でもされたものなら、間違いなく多くのファンがNASCARを離れていってしまうでしょう。NASCARにはビッグ3がどうしても必要です。最悪の事態にならないことを祈るのみです。