Nobuyuki Arai's

プレイバック2008年インディカー・シリーズVol.3〜未来への新たな扉が開いた歴史的シーズン〜

画像 1996年以来、じつに12年ぶりにひとつのシリーズの下で開催されることになった北米トップ・オープン・ホイール・シリーズ。IRLとチャンプ・カーとの歴史的合併が実現した今シーズンは、北米モータースポーツの歴史に長く刻まれることになるでしょう。

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 あのときの興奮が、今も思い出されます。今シーズンの開幕前、合同テストが行われていたホームステッドで行われた記者会見で、IRLとチャンプ・カー・ワールド・シリーズの統合が発表されたのは2月27日のこと。IRLのトニー・ジョージCEOと、チャンプ・カーのケビン・カルコーベン共同オーナーとが歴史的な握手を交わしたことが、昨日のことのように感じます。お互いの思想の違い、目指すべきシリーズの方向性の違いから、1996年に忌まわしき分裂を選んだ北米オープン・ホイール・レーシング。これを境に人気は凋落の一途を辿ってきましたが、その不遇の時代にもついにピリオドが打たれたのです。シリーズの関係者、チーム、ドライバー、そして僕らメディアに至る北米オープン・ホイールに携わるすべての人間にとって、これ以上の喜びはありません。そんなエキサイティングな発表で始まった新生インディカー・シリーズでしたが、問題は山積みで、特にチャンプ・カーからの転向組には厳しいシーズンとなっていきました。

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 一番の問題点は、既存のインディカー・チームとの戦闘力差をどう埋めていくかということ。現行のシャシーが導入されたのはじつに2003年シーズンで、事実上のワンメイクとなっているインディカーでは、マシンのセットアップに関するデータをどれだけ持っているかが、そのまま戦力差につながります。長年同じシャシーを使い続けている既存のインディカー・チームはマシンに関する豊富なデータがある一方、転向組はほとんどゼロ。統合が開幕直前に決まったこともあり、十分なテストを行うこともできず、ほとんど手探り状態でシーズンに突入せざるを得ませんでした。IRLはこれを少しでも是正すべく、IRL組と転向組を組ませていろいろと手助けを行うプログラムを立ち上げ、これはある程度うまく行ったように思えます。良い例では、グラハム・レイホールの関係でレイホール-レターマンがチャンプ・カーの名門ニューマン/ハース/ラニガンと一緒に作業を行ったところ、結果的には2チームとも所属するドライバーがシリーズ初優勝を挙げる活躍を見せることになりました。IRLでの戦い方を教えられていた立場のニューマン/ハース/ラニガンは、もともと北米を代表するビッグチームであることからある程度の活躍は予想できましたが、彼らを助けていたレイホール-レターマン自体もメキメキと力をつけ、2004年以来の優勝を遂げるまでになったのです。まさに相乗効果が生んだ結果といえるのではないでしょうか。

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 6チーム10台の転向組の結果は、優勝が2回、ランキングはオリオール・セルビアの9位が最高という内容でした。参戦初年度とすれば、上出来の結果だったといえます。特にロードコースの予選ではインディカー組を何度も喰うシーンもあって、「さすが!」と唸らされましたね。興味深かったのは、インディカー組のドライバーたちはこれくらいの活躍は予想通りと思っていたこと。「彼らが速いのはわかっていたし、マシンに慣れてくればさらに速くなって行くのは確実。このシリーズには世界最高のドライバーが揃っているからね」と、エリオ・カストロネベスが何度も記者会見でこういったことを話しているのを聞いて、何度も納得させられてしまいました。
 そんな転向組のなかでも一番目覚しい活躍を見せていたのは、前述のニューマン/ハース/ラニガンです。雨でレースが短縮されたという展開があったものの、開幕2戦目でグラハム・レイホールがいきなり史上最年少での優勝。そして第16戦ベルアイルでは、ジャスティン・ウイルソンがエリオ・カストロネベスの疑惑のブロッキング”をかわし、シリーズ初優勝を飾ったのはまだ記憶に新しいかと思います。この2戦から分かるとおり、ニューマン/ハース/ラニガンはロードコースでは抜群の強さを発揮していましたね。この辺は、2007年に全戦ロード・コースだったチャンプ・カー組の真骨頂といえますが、なかでもニューマン/ハース/ラニガンのウイルソンの走りはかなり強烈でしたね。一方で、オーバルではマシンのセットアップがまったく決まらず、戦闘力が最後まで上向くことはありませんでした。オーバルに関しては、グラハムの方が吸収は早かったですね。特に第6戦ミルウォーキーでは、予選で最後の最後でマルコ・アンドレッティに破られるまで暫定ポールを決めていたほどで、その後のレースでも常にウイルソンを上回る走りを見せていました。来シーズンは、このふたりの特徴をミックスさせれば、かなり手ごわい存在になってくることでしょう。それにしても、初年度からいきなり存在感を見せ付けてきたあたり、さすがは名門チームですね。

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 ニューマン/ハース/ラニガンと共にチャンプ・カー組を引っ張ったのがKVレーシング。こちらもロードコースで素晴らしい活躍を見せ、ウイル・パワーの走りはウイルソン以上に鮮烈でしたね。特に印象的だったのが予選でのパワーの走り。必ずセッションの終盤にスーパーアタックを決めてタイムを縮めてくる走りは、予選の戦い方を知っているなと感心させられました。とにかく、速い! 一発のタイムだけだったら、スコット・ディクソン、カストロネベスと並んでシリーズ随一だと僕は思います。ただ、決勝では必ずどこかでミスをしてしまうんです。この辺が改善されれば、ロードコースでの優勝はすぐに実現できるでしょう。経験豊富なベテラン、オリオール・セルビアも常に安定した走りを見せ、存在感十分。KVレーシングは、シーズン終盤になるとオーバルでも上位を走行するようになり、最終戦シカゴランドでは2台とも常にトップ10圏内につけるほど力をつけてきていました。オーバルに関しては、ニューマン/ハース/ラニガンより一歩抜け出したと言えますね。転向組ではエース格ともいえるこの2チームは、来シーズンのタイトル争いに加わってくる可能性も十分あり得ると思います。ぜひ“ビッグ3”に対抗していってほしいですね。

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 他にも、EJビソ擁するHVMレーシングの予想外の活躍もありましたし、古豪デイル・コインでは若手マリオ・モラエスがシーズン終盤にメキメキと力をつけてきたことも強く印象に残っています。転向組にとっては、恐らく次世代マシンが投入されるであろう2010〜2011年シーズンまでは、いろいろなディスアドバンテージが残っていくでしょうが、それでも今シーズン終盤の活躍を見ると、将来的にシリーズを代表するチームになっていくポテンシャルが十分ありそうだと実感させられました。

 前述の通り、問題はまだ山積みです。しかし、北米オープンホイール界の悲願を成し遂げた今シーズンが、今後の人気回復へのターニングポイントになっていくことだけは間違いありません。来シーズン以降、転向組の活躍はシリーズが盛り上がるカギになっていくでしょうし、インディカー組とのさらに白熱した真っ向勝負に期待したいですね。