Nobuyuki Arai's

規定路線ではなかった!?カナーンのAGR残留の裏側

画像 トニー・カナーンがAGRと2013年まで契約延長したことが発表されました。一見して「規定路線」と思われるかもしれませんが、じつは契約にこぎつけるまでひと悶着があったようです。

 IRL第14戦ケンタッキーの初日、1回目のプラクティス走行が終了した後に、カナーンとAGRが緊急記者会見を開き、契約延長が発表されました。あらかじめ予定されている記者会見なら、通常は「プレスカンファレンス予定表」みたいなものがメディアセンターに張られていて、その週末にどんな会見が行われるのかがわかるんですが、今回の記者会見はその予定表に載っていませんでした。僕も、ピットエリアで午前中のプラクティス走行を撮影していたとき、カナーンのマネージャーから手招きされて、「14時から記者会見があるから来てね」と言われて会見があることを知ったほど。一体何の発表なんだろうと興味深々でしたね。っで、その内容というのが前述のものだったので、「なるほどねぇ」と思った反面、「なんでそんなに急な発表会になったんだ?」と妙な気分がしたのですが、それにはちゃんと理由があったんです。つまり、契約を締結するまでに、カナーンの周辺にひと悶着あったらしいんです。

画像

 記者会見の冒頭で、カナーンが開口一番「いろいろと噂があったけど、この発表でもう誰も驚かないだろう?」とコメントしたのですが、僕は「噂って何だ?」と。「何でも、チップ・ガナッシ移籍の噂があったようですよ」と教えてくれたのは同ウェブサイトのご存知Hiroyukiカメラマン。そんな噂をまったく聞いてなかった僕にとってはまさに寝耳に水。「えっ、本当に?」と思わず大声で叫んでしまったほどでしたね。早速いろいろと取材をかけてみると、どうやら話が報道されたのはケンタッキー戦直前の水曜日。チャンプカーとの合併話を世界に先駆けていち早く報道したシリーズのご意見番、SpeedTVのロビン・ミラー記者がこの噂話を“抜いた”らしいんです。彼のレポートによると、水曜日の時点ではカナーンとチップ・ガナッシの間で合意が確認されていて、あとはサインをするだけというまで話が進んでいたとのこと。それが、翌木曜日になってカナーンの態度が一変し、急転直下のAGR残留を決めることになったんです。カナーン自身も、「水曜日までは移籍を決めていたんだけど、木曜日朝起きたら気持ちが変わっていた」とその時の心境をコメント。ミラー記者の追取材レポートで、「トニーは契約の一項目が最後まで気に入らなかったらしい」というチップ・ガナッシの談話を載せていますが、その一項目が何なのかは明らかにされていません。どちらにしても、そんな経緯があったため、まさに“急遽”記者会見が開かれることになったというわけなんです。

 契約年数は2013年まで。現在33才のカナーンにとっては、この5年間の契約延長が終了するころには38才になっていることから、事実上インディカーでのキャリアをAGRと共に歩んで行くことを決めたことになりますね。正直言って、今シーズンの2チームの状況を比較すると、チップ・ガナッシへ移籍した方がカナーンのキャリアにとってはプラスになるのではと僕は思いましたが、でも残留は本人にとってもいろいろなメリットがあると判断しての決断だったことは間違いありません。

画像

 この契約延長を誰よりも喜んでいるのは、もちろんAGRの共同オーナーのマイケル・アンドレッティに他ならないでしょう。昨年いっぱいでダリオ・フランキッティが抜け、今年からカナーン中心のチーム体制に移行していったものの、今シーズンはとにかくチーム内のゴタゴタが多く、それがチームのパフォーマンス低下を招く要因になっているように感じられました。マルコ、ダニカ、そしてルーキーの武藤という、若く、個性的で、経験の浅い3人を束ねていくには、カナーンのリーダーシップは絶対不可欠。これでカナーンがチップ・ガナッシに移籍してしまったら、AGRはそれこそ空中分解してしまっていたかもしれません。それほど、カナーンの存在はチームにとって巨大なものなのです。それゆえ、マイケルの安堵感といったらどれほどのものだったか計り知れないと思います。武藤にとっても、良き兄貴分のカナーンが長期間にわたってチームに残ってくれることは大きなプラスになるでしょうし、何とも心強いですね。

画像

 また、カナーンがAGR残留を発表したことで、ダン・ウェルドンも首の皮一枚つながったと見えますね。ウェルドンは今シーズン限りで所属のチップ・ガナッシと契約が切れ、今後が注目されていたんです。昨シーズン途中にはNASCAR転向もほのめかしていたウェルドンですが、同チームから今季NASCARに挑戦していたフランキッティがスポンサー不足のため途中で参戦を取り止めざるを得ない状況に陥ったことを考えると、現状でのNASCARへの話は現実的とは言えません。インディカーでも、移籍初年度の2006年こそサム・ホーニッシュJrと同ポイントながらシリーズ王者を逃すほどのパフォーマンスを見せたものの、ここ2シーズンはチームメイトのスコット・ディクソンに完全に遅れを取っていて、徐々にその存在感が薄れていったことは否めません。オーバルでは未だ互角の走りを見せているものの、ロードコースでは完全に水を開けられてしまっています。特に来シーズンからはロードコース戦が増加することから、チップ・ガナッシがカナーンに触手を伸ばしたくなったのも理解できます。しかし、カナーン獲得が実現しなかった今、ガナッシの選択肢もかなり狭まってしまっていることから、恐らくウェルドンがそのまま残留することになるのではないでしょうか。または、今季は出場に恵まれていないアレックス・ロイドをフル参戦デビューさせるということも考えられますね。そういえば、ケンタッキーにはロイドも姿を見せていましたし……。シリーズの“プレミアムシート”とも言えるチップ・ガナッシの2台目のシートの行方が、今後の注目ポイントとなっていくことは間違いないでしょう。

 カナーンのAGR残留により、徐々に動き出したストーブリーグ。今後、サプライズ発表があるかもしれませんし、目が離せませんね。