Kazuki Saito's

“チャンプ・カー北の国へ” 日本初・公道グランプリ開催への道! 第25歩>>千里の道も一歩から

葛藤の時期に舞い込んだ小樽GP構想
まずふたりはマカオへ向かった
 2003年8月、小樽グランプリを発案した“北海道みちとくらしと未来のネットワーク”から、現地小樽でのプロジェクト推進役に選ばれた“潮騒の街おたる”理事長の木下 修さん。だが選出されたもののレースに関する知識はほとんどなく、一緒に活動していた荒澤之博さんに、真っ先に相談したという。話しを聞いた荒澤さんは開口一番、「そりゃ無理だよ」と断言した。
 「大阪に住んでいた頃、8耐などを見に鈴鹿へ何度か行った事がありましたし、こっちに来てからも友人のレースの手伝いをしてたので、少しはレースのことを知ってました。小樽はホンダの工場がある鈴鹿のように産業もなかったですし、木下さんに『F1のハンドルっていくらか知ってる?』なんてことを聞いたと思います。そういうのを開発しているメーカーに関連したような街じゃなきゃ、できないってね」
 自分よりはるかにレースを知る荒澤さんから、即座にダメ出しを受けた木下さん。「私だって、すぐにできるとは思っていなかったですよ。自分の目の黒いうちは無理だろうとね」と木下さんも当時を振り返る。「でも、千里の道も一歩からではないですけど、誰かが一歩を踏み出して、それを若い人に伝えていけばいつかはできるだろうと、そういう気ではいたわけですよ」
 地元の子供たちに運河でカヌーに乗せ、手宮線でトロッコを走らせたりして、小樽の歴史を楽しみながら知ってもらおうと活動していた二人。しかし葛藤もあったと、木下さんは認める。
 「みんなと一緒に色々なことをやって、その時はすごく楽しいんですが、結局、自己満足だったんではないかと。観光客を呼ぶわけでもないし、自分たちが楽しくて、市民と一緒に楽しんでいればいいという感じでしたからね。そんな時でしたから、もし公道で自動車レースができたらすごいだろうな、と思いました。何でもやってみなければわからないというのがあったので、ふたりで『じゃあ、近場のとこを見に行こうか』ということになり、マカオへ行くことになったんです」

筆者近況
明日からチャンプ・カーの開幕戦、ロング・ビーチに行ってきます。このロング・ビーチは初めてチャンプ・カーを見た場所で、初体験だった市街地レースに衝撃をうけ、それ以来チャンプ・カーを追うようになったのでした。今年で13回目となりますが、今回からメディアではなくなり、小樽グランプリのプロモーターの一人として行く事になった次第。今年は今までと違ったロング・ビーチになりそうですね。
(オートスポーツ誌 2006年4月20日号に掲載)