INDY CAR

ダン・ウェルドン追悼レポート

画像

 
ダン・ウェルドン、享年33。
 
04年インディジャパンでホンダに地元初優勝をもたらし、我々にも馴染み深いドライバーのひとりであるウェルドンが、最終戦ラスベガスで発生した多重クラッシュにより他界しました。現場で何があったのか、まずは事実関係から整理したいと思います。
 

画像

 
午後12時42分、全34台のエンジンが始動してコースインを開始。グリーンフラッグで予定どおりレースはスタートしました。ポールポジションのカナーンがリードしていた中、アクシデントは11周目に発生。きっかけは10番手前後にいたルーキー同士の接触でした。
 
ターン1へ進入しようとしていたヒンチクリフの右後ろと、その外側にいたカニンガムの左前が接触。コントロールを失ったカニンガムに後続が次々と追突し、それを回避しようとした後方でも多重クラッシュが発生して、最終的に15台が絡むアクシデントに発展したのです。
 

画像

 
この日、Go Daddyインディカー・チャレンジ(最後尾から優勝した場合、5ミリオンの賞金を勝者と、抽選で選ばれたファンとで折半する)のドライバーに指名されていたウェルドンは、224.605マイル(約361キロ)のベストラップをマークする走りで追い上げていました。
 
運命の11周目、すでに最後尾から10台をパスして24番手だったウェルドンは、突如目の前で発生したアクシデントを避けきれずにターン2でキンボールに追突。不運にも彼のマシンは舞い上がってしまい、回転してコックピット側からウォール上のフェンスに激突したのです。
 
ほぼモノコックの状態となるまでマシンはばらばらになり、ヘルメット後部のロールバーも失うほどの衝撃でした。救出の模様をテレビで映し出せない「コード05」の状態がしばらく続き、後に頭部全体を包帯で巻かれたウェルドンは、ヘリコプターでラスベガスの大学病院へと搬送されました。
 
しかし医師たちの治療の甲斐も虚しく、ウェルドンは午後1時54分に、死亡が確認されました。検死の結果、頭部への鈍的外傷と診断され、フェンスの支柱に頭部がぶつかったことによるものとみられています。
 

画像

画像

 
オフィシャルはオーナーとドライバーを招集してレースをキャンセルとすることで合意し、3時にCEOのランデイ・ベルナルドが記者会見に臨みました。そしてピットロードに全関係者が並び、ファンも見守る中で5周の追悼ラップが捧げられたのです。
 

 
02年シカゴランドでパンサーレーシングからデビューしたウェルドンは、その後アンドレッティ・グリーン・レーシングへ移籍。翌年からIRLにデビューすることになっていたホンダのインディV8エンジンを、最初にコースでテストしたのは彼でした(11月8日ホームステッド)
 

画像

 
03年はインディ500からの参戦予定でしたが、オートバイ事故で負傷したチームメート、フランキッティの代役に抜擢されて第3戦インディジャパンに急遽参戦。最終戦テキサスで自己ベストの3位に入ったことで、ロジャー安川を逆転してルーキーオブザイヤーを獲得しました。
 

画像

 
04年はフェニックスで初ポールを獲得し、インディジャパンでは念願の初優勝をポールトゥウィンで達成。6年間地元で勝てなかったホンダに、初めての勝利をもたらしました。他にリッチモンドとナザレスも制し、チャンピオンのカナーンに次ぐランキング2位を獲得。
 

画像

 
05年はインディジャパン2連勝に続き、インディ500も初制覇したのですが、デビューしたダニカが女性で初めてレースをリードしたことで注目を集め「勝ったのは俺だ」Tシャツを作ってアピールしたこともありましたね。最終的に6勝を挙げて、この年初のチャンピオンに輝きました。
 

画像

 
ホンダの独占供給となった06年は、チップ・ガナッシ・レーシングに移籍して2勝し、ポイントでホーニッシュJrとタイで並ぶも、最終的に勝利数によってランキング2位。翌07年と08年も同チームで2勝ずつ挙げましたが、どちらもランキング4位に終わりました。
 

画像

 
古巣のパンサー・レーシングに戻った09年からの2年間は未勝利に終わり、ランキングは09年が10位で、10年が9位と低迷。インディ500で2年連続2位でゴールしたものの、シーズンオフにレギュラーのシートを失ってしまう事態に陥ってしまいました。
 

画像

 
そして迎えた今シーズン、アンドレッティ時代のチームメートであるブライアン・ハータのチームからインディ500に参戦したウェルドンは、スポット参戦ながらみごと100周年記念のウィナーに。しかも前年まで在籍していたパンサーのヒルデブランドをパスしての2勝目でした。
 

画像

 
この勝利が認められたウェルドンと、ハータのチームはレギュラーではなかったこともあり、来年から採用される新車のテストを任されて各コースでテストを実施。皮肉にも、安全性が高められた新ダラーラシャシーの承認プログラムを、3週間前に終えたところでした。
 
また、最終戦で当初企画されていた「他のカテゴリーのドライバーが優勝したら5ミリオン贈呈」に参戦するドライバーが現れず、企画が成立しなくなったことから「Go Daddyインディカー・チャレンジ」へと変更され、そのドライバーとしてウェルドンが選出されていました。
 
今年のインディ500での活躍や、新シャシーのテスト経験が古巣のアンドレッティ・オートスポーツとスポンサーのGo Daddyに評価され、来シーズンはダニカの代わりにGo Daddyのインディカーをドライブすることが決定していたと現地では報道されていました。来年、再びレギュラーへ復活する予定だったのです。
 

画像

 
ウェルドンにとって、このラスベガスは134戦目でした。優勝回数はインディ500の2勝を含む16勝で、ポールポジションは5回。トップ5フィニッシュは62回でトップ10フィニッシュが93回、レースをリードしたのは60回で、計2865周のリードラップを築き、05年にはチャンピオンに輝きました。
 

画像

 
プライベートでは03年から彼のPRを担当していたスージーと08年に結婚し、2月1日に長男のセバスチャンが誕生(現在3歳)。今年の3月19日には次男のオリバーが生まれたばかりでした。家族はウェルドンが搬送された病院にクルマで駆けつけたそうです。
 
インディカーで以前死亡事故が発生したのは06年のホームステッドで、朝のウォームラップ中にクラッシュしたカーペンターに追突したポール・ダナが亡くなりました。その後レースは行われ、この時に優勝したのは、ガナッシに移籍したばかりのウェルドンでした。
 
今回のアクシデントで同じように宙を舞い、背中と腰の痛みを訴えたパワー。クラッシュの衝撃で目眩を訴えていたピッパ・マンとヒルデブランドも同じ大学病院へと搬送されました。パワーはすぐに退院を許可されたものの、他の二人は一泊して様子を見、翌朝退院しました。
 
レースがキャンセルとなったことでケンタッキーまでの成績によってフランキッティの3年連続4度目のチャンピオンと、ヒンチクリフのルーキーオブザイヤーが確定。しかし月曜日に予定されていた式典は中止され、後日ウェルドンの追悼式典が行われることになりました。
 

画像

 
予選18位からスタートしたフランキッティは「5周もしたら、みんなクレイジーな走りをしていたよ」とその時の様子をコメント。「僕はハードなレースが好きだけど、あれはいったいなんだ。誰かの、ひとつの小さなミスがこんなことに…」と、元チームメートを失った悲しみを語ります。
 
「ドライバー紹介の最中に1分ほどふざけあい、その次に彼は逝ってしまった。初めて会ったのは彼が6歳の時だ。木曜の夜のパレードで彼の子供に『僕は君のお父さんが君ぐらいの時から知ってるんだ』って言ったよ。あんな小さな子供だった彼が、僕のチームメートになったんだ」
 
「我々はレースとチャンピオンシップに勝つために、自分自身に相当なプレッシャーをかけている。好きでやっていることだし、その世界に我々は生きているけど、今日のようなことはほんとうに必要ないよ。インディカーのみんながダンの友人だったんだ」とフランキッティ。
 
我々はほんとうに素晴らしいドライバーを失ってしまいました。1.5マイルDシェイプの魅力と表裏一体の危険。我々は決して避けて通ることができない現実に、直面したのです。きっかけはルーキー同士の接触でしたが、原因はそれだけでなく、様々な要素が複雑に絡み合った結果だったと感じます。
 
最後尾から追い上げるような企画が必要だったのかどうか、悩むところです。しかし懸命に盛り上げようとオフィシャルは日々奮闘し、ドライバーやチームも積極的に協力していました。その結果が今回のアクシデントを招いたのか、よく考えてみる必要があると思います。
 

画像

 
04年にツインリンクもてぎで初優勝し、表彰台やホスピタリティでホンダのスタッフとはしゃいでいた光景が、今も目に浮かびます。それは長い間、待ちにまった瞬間でした。インディ・ジャパンだけでなく、日本で2勝したヒーローまでも失ってしまった悲しみを、なんと言い表せばいいのでしょう。
 
残された家族のことを考えると、ほんとうに胸が痛みます。重要だと思うのは、この出来事から何を学ぶかで、将来大きくなったダンの子供に「君のお父さんのおかげだよ」と言えるようになりたいと思います。そして、日本にもたくさんのファンがいることを知って欲しいです。
 

画像

 
ご冥福をお祈りするとともに、残されたご家族に心からお悔やみを申し上げます。
 
Our thoughts and prayers are with Dan Wheldons family. RIP