Hiroyuki Saito

アメリカの日本食レストランにおける和食進化論 −ミルウォーキー前編−

アメリカの各地で日本食レストランに足を運ぶことがあるが、今回このコラムを書くきっかけとなったのは、テキサス州ダラス・フォートワースのレストラン“JINBEH”でのちょっとした手違いからだった。このお店も何年も前から行ったことのあるお店のひとつではあった。
 
メインの料理を注文する際に私は「トンカツドン、プリーズ」と、その若いアジア系のウエイトレスに言ったはずなのだが、彼女は「“チキン”カツドン」と言ってそのどんぶりを私の目の前に置いた。
 
そこですぐさま、私が注文したのは「トンカツドン」と言い返せばよかったのだが、もしかしたら彼女がただ言い間違えただけかもしれないし、とりあえず、見た目はトンカツ丼だったため(よく考えれば、チキンでもトンでもその見た目で判断できる自信はない)、箸をつけることにした。
 
咀嚼すると紛れもなくそれは“チキン”カツ丼だった。自分がオーダーしたと思っていたものが、少し内容の違うものだとやはり残念な気持ちになる。それでも味に関しては日本で食べるカツ丼とそれほど遜色のないレベルだったので、それなりに満足だった。
 
もしかしたらこのお店では、カツ丼と言えば“チキン”が常識なのかもしれないなと食べながら考慮したが、確かに「トンカツドン」って言ったはず、と、どこか煮えきらないまま今後は注文の際に十分注意しようと強く思ったダラス・フォートワースの夜だった。
 
一週間後、新たな取材地となるウィスコンシン州ミルウォーキーに入ると、日本食レストランがレース場から程近い場所にあるということだったので、取材後に佐藤琢磨選手のスポッター、そして当US RACINGのレポーターとしても活躍するレーシングドライバーのロジャー安川氏と“FUJIYAMA”に向かった。
 

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テキサスでの“チキン”と“トン”のカツ丼誤認事件以来、“トン”カツ丼が食べたいという思いは日増しに募ってはいた。幸いこのお店にもトンカツ丼がメニューにあるのを確認。まずは前菜として枝豆と“アゲトウフ”を選び、そして今回は間違いのないように「“トン”カツドン、プリーズ」と少し“トン”にアクセントを強めにして、母国が中国かそれとも両親が中国人と思われるウエイトレスにオーダーした。
 

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彼女が最初に持ってきた枝豆は、日本の飲食店でもよくあるごく当たり前の茹でた枝豆だったが(冷めているか暖かいかの違いはあるが、さすがにそれ以上変えようもないとは思う)、もうひとつの前菜、“アゲトウフ”から事態は徐々に怪しい方向へと傾いていく。
 

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私と安川氏の目の前に置かれた“アゲトウフ”は、よくスーパーなどで販売されている“サトウの切り餅”サイズにカットされた揚げた豆腐が、5ピースお皿に盛られている。
 
その“アゲトウフ”の上にゴマや刻み海苔、そして青海苔といったものが組み合わされた“フリカケ”のようなものがまぶしてあり、まるで天つゆのように、別に小さな器に汁が入ったものがテーブルに置かれた。
 
確かメニューに掲載されていた写真の“アゲトウフ”は、私の記憶にある日本の飲食店でよく見かける揚げた豆腐が汁に浸っているものだったはずなのに、目の前に出されたその料理は、頼んでもいないのに揚げた豆腐と汁が別になっていた。
 
私の記憶違いかもしれないが、メニューを持ってきてもらって写真を確認するほどではないし、空腹だったこともあるのでとりあえずあまり深く考えずに頂くことにした。
 
しかしこの“フリカケ”が降りかかった状況のワンピースをその汁の入った器に入れ、二人で食べるというのもいささか面倒だった。安川氏の確認を取り、汁を直接“アゲトウフ”にかけて、本来の姿に戻すことを試みることにした。
 
慎重に汁をかけたのだが、その“フリカケ”は滝のように降りかかる汁の濁流に身を任せると一気に山頂から滑り落ち、残念なことにゴマ、刻み海苔、青海苔は“アゲトウフ”の上に、それほど残ることもなく周辺に流れ落ちてしまった。
 
結局“アゲトウフ”周辺の汁に浸って結束を固めている“フリカケ”を、箸でなんとか摘んで乗せ直すということをしなくてはならなかったが、いざ食べてみると見た目から想像した通り、揚げ出し豆腐のゴマ青海苔風味といった感じで、それほど不満なく美味しく頂くことはできたのは幸いだった。
 
ただ、本当に驚くのは他でもない、念願のトンカツ丼が目の前に置かれたときだった・・・・・詳しくは次回お伝えしたいと思う。