<US-RACING>
通常より遅めの午後3時45分に、IRL初のストリート・コースのレースがスタートした。ターン1の右コーナーにマシンがいっせいに雪崩れ込み、インディ・カーが初めてレースで右にターン。心配されていたアクシデントは起きず、全車はその後周回を重ねていった。下の写真に写っているヨットハーバーには、チーム・ペンスキーのオーナー、ロジャー・ペンスキーのクルーザーが停泊してあり、ゲストを招待。海と空からアクセスが出来る好条件の立地だった。
レース終盤、残り8周でカナーンがトップのブリスコーのインに飛び込み、2台はその後接触。3番手を走行していたウエルドンが、タイミングよく二人を追い抜くことに成功し、そのままトップを守りきって今シーズン2度目の優勝を飾る。ウエルドンは昨年もてぎで自分自身とホンダの初優勝をマークしたが、今回はIRLにとって初のストリート・コースのレースでも優勝することになり、ここ一番というレースで勝利を手にしている。チームの環境や本人の実力もさることながら、運も伴っているといえるだろう。また、アンドレッティ・グリーン・レーシングもトップ4を独占する快挙を成し遂げた。今後このような記録は滅多にでないのではないか。次戦は昨年ウエルドンが優勝したもてぎでのレース。ストリート・コースでのレースは圧勝することができたアンドレッティ・グリーンのメンバーが、再びもてぎで優勝することができるだろうか?
今回、初めてのストリート・コースのレースとなったが、いろいろなところに見所があったと思う。ブリスコーがトップで周回を重ね、何も無ければブリスコーが勝つかと思われたが、昨年のチャンピオン、カナーンがルーキーに洗礼を与えるかのようなパッシング。ブリスコーはコーナーでスタックし、なすすべも無かった。しかしブリスコーのパフォーマンスは先輩のディクソン、マニングを脅かすものとなったのは間違いない。今後の活躍に期待したいところだ。
18番手からスタートした安川は、アンダーステアに悩まされながらも確実に周回を重ね、我慢の走りで11位フィニッシュとなった。「スタート後から、徐々にマシンのハンドリングが悪くなったので、クラッシュに巻き込まれないように完走することを目指しました。その結果11位で完走することが出来ましたが、フラストレーションのたまるレースでしたね。次はもてぎのレースで、チームメイトとなるジェフ・バックナムもいますし、リセットしてもてぎでの優勝目指してがんばります」。ストリート・コースのレースで、今シーズン初の完走を達成した安川。次戦、3年目のもてぎで開幕戦のような走りを期待したい。
スタートで10番手に後退してしまった松浦だが、アンダーステアに悩まされながらもレース終盤には5番手までポジション・アップ。だが84周目にディクソンと接触してしまい、フロント・ウイングを破損。ウイングがない状態でマニングをパスして、再び5番手に返り咲いた。しかし運はまたも松浦を見放してしまい、94周目にメカニカルトラブルが発生すると、コースサイドにマシンを止めて無念のリタイアに。「予選用のマシンから、決勝はセッティングを変更したのですが、期待通りには行きませんでした。アンダーステアが強く、ドライビングは難しかったです。5番手まで順位が上がったところで突然リアから煙が出てきて、ピットに戻ることも出来ずにマシンを止めました。駆動系のトラブルだと思いますが、トップ5に入れるレースをしていただけに残念です。この3戦は、運から見放されているのですが、次のもてぎこそいい結果を残せるようにがんばります」と言う松浦。トップレベルでの戦いができるようになってきているが、もてぎでこそ運を見方につけて欲しい。
グランドスタンドに観客が埋まり始めたレース30分ほど前、セスナがバナーを引いてコース上を旋回。アメリカでよく見る宣伝方法のひとつだ。このコースは飛行場の滑走路の一部を使用しており、期間中もこのような小型飛行機の離着陸が頻繁に行われ、写真のように宣伝をしている飛行機を何度も見かけたのだが、この宣伝というか、メッセージにはちょっと驚いてしまった。“BRING BACK CHAMP CAR・・・・・・”。このセント・ピーターズバーグでは、2年前に全く同じコースレイアウトでチャンプ・カーが初めてレースを開催したものの、残念ながら継続することはできなかった。今年からIRLのロード・コースへの進出に伴い、バリー・グリーンがプロモートしてレースを開催。コンクリートやフェンスはCART開催時のものを使用しているという。IRLはアメリカで最も有名なストリート・コースのレース、ロング・ビーチでのレース開催を狙っており、チャンプカーとの契約が今年で切れるだけに、来年の動向が気になる。この飛行機を飛ばすだけでも結構費用がかかると思うのだが、チャンプ・カーのファンにとっては、複雑な心境だったのかもしれない。
今週末、初めてインフィニティ・プロ・シリーズに参戦したマルコ・アンドレッティが、なんとデビュー戦でポール・トゥ・ウインを飾った。トップを走行していたマルコは、途中ミスを犯して2番手に後退。しかしレース終盤、抜き返すことに成功すると、見事トップでチェッカー・フラッグを受けた。駆けつけたマリオやマイケルは大喜びで、マルコの優勝を祝福。アンドレッティ家のレーサーの素質は、マルコにも間違いなく受け継がれているのを実感した。
HPDの社長として2年間IRLのプロジェクトを率いてきた和田さん(ウエルドンの左)が、この4月からHRDの社長となり、F1をまとめることになった。前回のフェニックスはHPD社長としての最後のレースだったのだが、ペンスキーに勝利をさらわれてしまい、とても悔しがっていた。一方、和田さんの後任で、この4月からHPDの社長となったのがロバート・クラークさん(和田さんの左側)で、CART時代からプロジェクトに関わってきた経歴を持つ。彼にとってはこのレースが就任後初めてのレースで、二人にとって、普段以上に勝ちたいレースだったのは言うまでもない。今回はIRL初のオーバル以外のレースであり、しかもホンダがタイトル・スポンサーなのだ。1994年からのCART参戦を決めた当時のアメリカンホンダ社長の雨宮さん(現本田技研工業副社長)や、トム・エリオット副社長、それに現在のアメリカン・ホンダ社長である近藤さんなど、そうそうたるメンバーが観戦に訪れていただけに力が入る。肝心のレースは2回のピットストップにしたガナッシ勢に有利な展開となっていったが、カナーンが怒涛の追い上げでマニングやブリスコーを接触しながらパス。その際に減速したため、ウエルドンがカナーンをパスしてトップに浮上する。まさに、自分はリタイアしてもいいというような気持ちがなければ、あのようなパスはできなかったのではないか。へたすれば、昨年から更新中の19戦連続のリード・ラップ・フィニッシュと、18戦連続のトップ5フィニッシュが実現しなかった可能性もあった中で、カナーンはチームとホンダのために最高の仕事をしたといえる。