Nobuyuki Arai's

インディ・ジャパンで見た“明”と“暗”

「ダニカ初優勝!歴史的瞬間が生まれた要因とは」
画像 ダニカ・パトリックがもてぎでインディカーシリーズ初優勝。女性ドライバーとしても同シリーズ初の優勝という歴史的なレースとなりました。レース後にダニカが見せた涙は、これまで彼女が背負ってきたプレッシャーの大きさの表れだったのではないでしょうか。
「ダニカらしいレース」。インディジャパンでのダニカのレースを見て、僕が一番最初に感じたことです。スタートからトップグループにつけるでもなく、コース上の最速マシンでもない。それでも、レース終盤にしっかり上位に進出してきて、気がついたら上位でフィニッシュしている。目先の順位よりもレース全体を見渡し、レース後のポジションを重要視するダニカのレースの特徴です。今年のもてぎでもまさに“ダニカらしいレース”で、見事に歴史的快挙を成し遂げました。

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 ターン1〜2とターン3〜4の形状が異なりシフトダウンを要求する“変形オーバル”であるがゆえ、燃費が非常に厳しいので有名なもてぎの1.5マイルオーバル。残り10周あたりからの『スプラッシュ&ゴー』はもはやもてぎ名物ともいえるほどです。今年も予想通り燃費レースとなり、トップ争いを展開していたスコット・ディクソン、トニー・カナーン、ダン・ウェルドンらもレース終盤にスプラッシュ&ゴーでコースに飛び出していきました。しかし、今年はやや様相が異なっていました。正攻法の戦略を取った“スプラッシュ&ゴー組”ではなく、ペースダウンしてでもレースを走り切ってしまう“燃費レース組”が優勝を飾ったのです。

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 勝負のカギは、最後のフルコースコーション中のピットインでした。ロジャー安川のマシントラブルにより140周目に出されたフルコースコーションを利用してほとんどのマシンが給油&タイヤ交換のためピットイン。しかし、このタイミングだとゴールまでにもう一度給油をする必要があります。インディカーの燃料タンクは22ガロンで、もてぎではだいたい40〜45周くらいが限界と見られているので、レースが再開されたのが150周目ですから、あと5〜10周ほどショートすることになるのです。ここで動いたのがダニカの7号車。レースが再開される直前に給油のみのピット作業を行い、ゴールまで走りきってしまおうという作戦を採ったのです。インディカーには燃料を調整するダイヤルがついており、ダニカはこれを最初から低い方向にセット。当然ラップタイムは落ちてしまうものの、燃料を可能な限りセーブでき、足りない5〜10周分を補うとい作戦でした。ダニカのペースはそれほど悪くはなく、レース後にダニカ自身も「燃料をセーブしていても私のクルマは十分速かった」と言うほどで、上々のラップを刻んでおりました。しかし、それがトップグループと同じペースというわけにはいかず、周回ごとにギャップが広がっていくことに。レース終盤に、この差が果たしてどれほど広がっているかが勝負の分かれ目になっていったのです。もてぎのコースは“変形オーバル”であるがゆえに非常に抜きずらく、クリーンラップを取りやすい上位グループで走りたいと思うのは当然のこと。それゆえに、前述のトップ3台はダニカと同じ作戦を採らず、終盤のスプラッシュ&ゴーをせざるを得ない状況になっていったのです。一方のダニカはそのとき5番手前後につけていたので、比較的自由に作戦を採れる位置にいたことも幸いしたともいえます。

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 トップ3台が最後にピットインしたのは195〜196周目。そのときのダニカとの差は3/4周ほどでした。もてぎでは、1回のピットストップはだいたい1周半分くらいの時間を要します。タイヤ交換も行わず、短い給油だけのスプラッシュ&ゴーではさらに5秒ほどは時間の短縮ができるのですが、それでもゆうに1周分はかかります。トップのディクソンがコースに戻ったときには、ダニカのマシンはおよそ半周も先を走っていました。ダニカと同じ作戦を採っていたカストロネベスの動向も注目されましたが、走り始めのペースが速すぎ、終盤には大幅にペースダウンを余儀なくされダニカに交わされることに。「最後に給油のみのピットインをしたときには、まさか僕らがこのままゴールまで走り切れるとは思っていなかった」とカストロネベスはレース後に意気消沈。一方のダニカ陣営は最初から燃費作戦を計画し、そしてそれをダニカ自身が実行した。まさにチーム全体の勝利といえるものでした。

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 レース後、マシンから降りると大粒の涙を流して自らの勝利を祝ったダニカ。彼女の「私は絶対に優勝できるんだ!」という強い気持ちが、この勝利を実現させたのだと思います。「『いつ優勝できるんだい?』という質問に答えなくてすむのが本当にうれしいわ!」とはまさに本心でしょう。自らに繋がれた“優勝”という鎖をついに開け放ったダニカ。今後のさらなる活躍を期待したいです。
「噛み合わなかった歯車。日本人ドライバーの活躍は次戦以降に」
 ダニカの優勝で大いに盛り上がったインディジャパン。一方で、日本人ドライバーにとっては非常に厳しい結果となってしまいました。武藤英紀、ロジャー安川のもてぎでの走りを振り返ってみようと思います。

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「あのふたつのミスがなければ勝つことかもできたかもしれない……」。レース後の記者会見で発したこの言葉が、武藤のインディジャパンを象徴していました。レース中、武藤本人とチームクルーが犯したミス。これが致命的となり、優勝争いはおろか、同一ラップでの戦いすらできない、非常に厳しい週末となってしまったのです。最初のミスは、武藤本人によるものでした。48周目にピットインし、給油&タイヤ交換を敢行。そのとき、コース上ではマーティー・ロスがターン4外側にウォールに軽くヒットしたためフルコースコーションに。「タイミングは完璧だった」と武藤が後から言ったように、27号車にとってはまたとなチャンスでした。フォーメーションラップ中にタイヤを暖めようとし過ぎてタイヤにフラットスポットができてしまい、ファーストスティントではまったくスピードが上げられなかったことから、このタイミングはまさに千載一遇といってもいいほどでした。しかし、このあと予期しないふたつの出来事が襲い、武藤はこれをうまく対処できなかったのです。

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 ひとつは、ピットボックスを出たとき、同僚のトニー・カナーンがちょうどピットロードを走行していたこと。「トニーが来ていたのは分かっていましたが、チームの指示を信じて飛び出していきました」。幸いにも両マシンは接触することなく、そのままピットロードを並走する形になるのですが、ここで武藤に少なからず動揺が働いたのではと想像できます。そのままピットロード出口を通過すると、今度は左側に予期せずセーフティーカーが! 「なんでこんな場所にいるかわかりませんでしたが、抜いていいか迷いました」と武藤。しかし、「そのとき、無線からは『Go