MOTEGI SUPERSPEEDWAY a la carte データで見るもてぎスーパースピードウエイ!2009
■もてぎで最も走っているドライバー&日本人ドライバーは?
もてぎのイベントは1998年の初開催から11年間で、80人ものドライバーがエントリーしています。その中の最多出場はトニー・カナーンです。彼は1998年のルーキー・イヤーからもてぎの全レースに出場し、現在もその記録を更新中。続いて、エリオ・カストロネベスが10回で続きます。カストロネベスはカナーンの同期ですが、所属チームのマールボロ・チーム・ペンスキーが2002年にIRLへ移籍したため、2002年のもてぎには出場できませんでした。
最多周回数は出場回数に比例しており、トップはトニー・カナーンの2086周で、出場したレースの98.35%を周回。この10年のマイレージは約5020キロメートルとなり、アメリカ大陸を横断してもおつりが出るほどの距離を走破しています。2位はエリオ・カストロネベスの1838周、3位はダリオ・フランキッティの1539周と、カナーンに次ぐ10回の出場記録を持つカストロネベスと、昨年NASCARに転向して出場していないフランキッティがそれぞれ2位と3位に入りました。出場回数と周回数でトップをゆくカナーンは、2007年に念願のもてぎ制覇を成し遂げ、名実ともにナンバー1の称号を手に入れています。
一方、日本人の最多出場は、中野信治、高木虎之介、松浦孝亮、ロジャー安川の4人が4回で並んでいます。ロジャー安川は、今年のもてぎに参戦がすでに決定していますから、インディ500に続いて日本人最多出場記録を保持することになります。2008年からインディカーにフル参戦した武藤英紀とともに、今後どこまで記録を伸ばすかが楽しみなところですね。一方、周回数のトップは中野の785周で、出場したレースの実に97.7%を周回しました。2位は高木の647周。3位の松浦は2007年のレースで完走を果たせば中野の記録を上回ることができましたが、0周リタイア響き、598周に留まりました。
■予選順位の良さは決勝につながる?
決勝のグリッドを決める予選。4ラップの平均スピードで上位グリッドを獲得することは、決勝レースで最良の結果を得るためのセオリーと言われています。しかし、アメリカ特有のオーバル・コースでは、上位陣の接近戦が演じられ、ロード・コースに比べるとポール・ポジションの優位性は薄らぎます。また、フルコース・コーションのタイミングやピット戦略の駆け引きによって、時には下位グリッドから奇跡的ともいえる大逆転が起こることがあり、予選順位の良さは必ずしも成績に結びつかないこともあるのです。
では、ツインリンクもてぎのレースではどうでしょうか。過去11回行われたイベントでポール・ポジションからスタートして優勝するレースが、2002年のブルーノ・ジュンケイラ、2004年のダン・ウェルドン、そして2006年のエリオ・カストロネベスと3回あり、ポール・ポジションの優勝率は27。2%。過去11年間に同じシリーズで行われたオーバルのレースは合計109戦で、そのうちポール・ウイナーが優勝したレースは28戦の勝率が25.6%になります。数字上はもてぎの方が若干上回っていますが、その差は1.6に過ぎず、もてぎも他のコース同様に、かならずしもポール・ポジションが有利とはいえないようです。
ポール・ポジション以外からスタートした優勝者を時系列に並べると、2位、4位、8位、6位、7位、5位、3位、6位になり、9位以下からスタートして優勝したドライバーがいないことがわかります。最も後方でも2000年、マイケル・アンドレッティの8位です。意外にも大逆転優勝というレースは一度もなく、上位グリッド獲得が優勝の条件といえるのではないでしょうか。過去の結果からみれば4列目までに入るのが重要といえます。また、ポール・ポジションを獲得して優勝を逃したドライバーも、2003年のスコット・ディクソンを除き、トップ10に食い込んでいるため、もてぎのレースは予選順位が決勝の成績に反映されやすいという特徴も浮き彫りになりました。
年 ポール・ウィナー 決勝順位 レース・ウィナー 予選順位
2008 エリオ・カストロネベス 2 ダニカ・パトリック 6
2007 エリオ・カストロネベス 7 トニー・カナーン 3
2006 エリオ・カストロネベス 1 エリオ・カストロネベス PP
2005 サム・ホーニッシュJr . 7 ダン・ウェルドン 5
2004 ダン・ウェルドン 1 ダン・ウェルドン PP
2003 スコット・ディクソン 15 スコット・シャープ 7
2002 ブルーノ・ジュンケイラ 1 ブルーノ・ジュンケイラ PP
2001 エリオ・カストロネベス 2 ケニー・ブラック 6
2000 ファン・モントーヤ 7 マイケル・アンドレッティ 8
1999 ジル・ド・フェラン 2 アドリアン・フェルナンデス4
1998 ジミー・バッサー 7 アドリアン・フェルナンデス2
■もてぎ優勝者の年間ランキングは?
これまでもてぎのレースがシーズン開幕間もない時期に開催されてきたこともあって、優勝者がシリーズ・チャンピオンを獲得したケースは2005年の覇者、ダン・ウエルドンの1例しかありませんでした。それゆえに、もてぎの一戦からシリーズの行方を占うのは難しかったわけですが、2009年からは9月の秋開催へ日程変更。最終戦の一つ前というタイトル争いがクライマックスを迎える時期になったことで、もてぎでチャンピオンが決定する瞬間が生まれることも十分予想できます。ドライバーやファンにとって、もてぎの一戦がこれまで以上に注目すべきレースになることは間違いありません。
■各年のチャンピオンは、もてぎで何位だった?
ではシリーズ・チャンピオンがその年もてぎで何位だったのでしょうか。CARTが行われていた最初の5年、シリーズ・チャンピオンとなるドライバーのほとんどが下位に沈み、最も良いフィニッシュでも2000年のジル・ド・フェランの9位が最高でした。コース・バリーションが豊富なCARTシリーズの場合、開催地に占めるオーバル・コースの比率が5割を割り込んでいたことが要因でしょう。特に、1998年のアレックス・ザナルディと2002年のクリスチーアノ・ダ・マッタは、偶然にもタイトル獲得年にシーズン7勝をあげているのですが、その内6勝がロードコースであり、その強さが圧倒的に目立っています。CARTではオーバルでの強さがタイトル獲得には直接結びつかなかったようです。
対して、シリーズがIRLへ移行した2003年以降はこの傾向ががらりと変わりました。当時のIRLはオーバル・コースが主体のレースであり、もてぎがスケジュールに加わった2003年と翌年の2004年は、シリーズ全戦がオーバルで争われていたのです。2005年からスケジュールにロード・コースが加わりましたが、オーバルに対するその比率は圧倒的に低く、オーバルでの弱さはドライバーのアキレス腱。そのため、IRLとなってからはシリーズ・チャンピオンが、もてぎのレースでも上位につけているのがお分かりいただけるでしょう。
2008年にチャンプ・カーと13年ぶりに統合したIRLは、2009年からストリート・コースのレースをさらに拡大し、オーバルとの比率がほぼイコールになりました。もてぎの開催時期変更とともに、今後どんな効果をもたらしてくれるのか楽しみですね。
■シリーズ・チャンピオンのもてぎの成績
2008:スコット・ディクソン→3位
2007:ダリオ・フランキッティ→3位
2006:サム・ホーニッシュJr. →4位
2005:ダン・ウェルドン→1位
2004:トニー・カナーン→2位
2003:スコット・ディクソン→7位
2002:クリスチアーノ・ダ・マッタ→13位
2001:ジル・ド・フェラン→13位
2000:ジル・ド・フェラン→9位
1999:ファン・モントーヤ→13位
1998:アレックス・ザナルディ→23位
■もてぎ優勝者のシリーズ・ランキング
2008:ダニカ・パトリック→6位
2007:トニー・カナーン →3位
2006:エリオ・カストロネベス →2位
2005:ダン・ウェルドン→チャンピオン
2004:ダン・ウェルドン→2位
2003:スコット・シャープ→8位
2002:ブルーノ・ジュンケイラ→2位
2001:ケニー・ブラック→2位
2000:マイケル・アンドレッティ→8位
1999:アドリアン・フェルナンデス→6位
1998:アドリアン・フェルナンデス→4位