<US-RACING>
予選18番手からフォーミュラ・ニッポンの初レースを迎えることになったトニー・カナーン。12年ぶりのスタンディング・スタートに、「ストールしかけた」と語ったカナーンだが、無事にマシンを発進させ、1周目で早くも3台をかわす順調な滑り出しを見せる。レースは序盤から接触やメカニカル・トラブルでレースを離脱するマシンが続出。そんななか、カナーンはアクシデントに巻き込まれることはなく、徐々に順位をあげ、1回目のピット・イン時には9番手まで順位をあげた。上位陣の脱落にも助けられ、レース終盤には8番手までポジションを上げたカナーン。残り12周から前を走る荒聖治を1秒以内に追い詰め、5番手のジョアオ・パオロ・オリベイラ、6番手の松田次生を含めた5番手争いを繰り広げる。残り6周には4番手のファビオ・カルボーンがトラブルで脱落し、カナーンは7番手に浮上した。さらに上位を狙って力走するも、マシンがオーバーステアとなっていまい、そのまま7番手でフィニッシュする。ところがレース後、トップでフィニッシュした小暮卓史が車両違反により失格となったため、カナーンは初めてのマシンとコースという不利な状況にもかかわらず、ホンダ勢最上位となる6位でレースを終えることになった。
「最初からいいレースができると思っていたよ。でも12年ぶりのスタンディング・スタートは、一番集中しなくてはいけなかったね。スタートではストールしそうになったり、高木さんとバトルしたりでかなり大変だったよ。今週末7回くらい言ったと思うけど、とにかくフォーミュラ・ニッポンのステアリングがほんとうに重かった。最後はオーバーステアの問題があったけど、なんとか7位(後に6位に繰り上がる)に入ることができたね。18番手からのスタートだったため、上位のフィニッシュを逃してしまった。予選でももう少し順位がよかったら、もっと良い結果だったかもね。今週末は一日目から日本のみなさんにとても暖かく迎えてもらえた。ホンダのみなさんにはほんとうに感謝しているよ。鈴鹿に大勢のブラジル人が応援しに来てくれたことにも、とても感動したね。18番手からスタートするのにもかかわらず、こんなに注目されるなんてびっくりした。今週末はすごく楽しかったから、機会があれば、来年も参戦したいね」と、レース直後に語ったカナーン。実力を試すためにフォーミュラ・ニッポンへの挑戦を決めたわけではないと決勝前に言っていたが、カナーンは現役インディカー・ドライバーの実力を十分に見せ付けてくれた。
フォーミュラ・ニッポン最終戦は、抜群のスタート・ダッシュを決めたポール・ポジションの小暮卓史がそのまま逃げ切り、トップでフィニッシュする。またチャンピオン争いでも、レース中盤にランキング・トップのブノア・トレルイエがロイック・デュバルとの接触でリタイアしたため、ランキング2位の小暮が4ポイント差をひっくり返し、逆転で初のフォーミュラ・ニッポン・チャンピオンを獲得したかに見えた。だが、レース後の車検で小暮のマシンにスキッドブロック(マシン底部に装着が義務付けられている板)の車両規定違反が発覚。小暮の失格を告げるアナウンスにメディア・ルームが騒然となった。これにより2位以下の順位が繰り上がり、4位となった松田次生が初のフォーミュラ・ニッポン・チャンピオンの栄冠に輝いた。小暮のチャンピオン獲得セレモニーが終わってからの裁定だったため、後味の悪いチャンピオン決定劇となってしまったのは残念。
フォーミュラ・ニッポンの決勝レース前にはピット・ウォークが行われ、フォーミュラ・ニッポンのマシンを間近で見ようとする人たちや、お目当てのチームのキャンギャルを撮影する人たちでピットは賑わいを見せていた。そのなかでこの日一番の注目を集めていたのは、やはりトニー・カナーンのピット。現役のインディカー・ドライバーを一目見ようと集まった人たちに、カナーンがピット前に出てきてサインで応えたため、カナーンのまわりはサインを求める人たちであふれかえった。IRLと違ってピットとパドックの位置が非常に近いフォーミュラ・ニッポンでは、ドライバーと接する機会が少ないのだが、カナーンは40分間のピット・ウォークの最後まで、一枚一枚丁寧にサインを書き、笑顔でファンと握手を交わしていた。
今週末トニー・カナーンのドライバー・コーチを務めた武藤英紀。来シーズンからチームメイトとなる二人は、このフォーミュラ・ニッポンで初めて多くのコミュニケーションを交わすことになった。武藤は昨年フォーミュラ・ニッポンを戦い、もちろんこの鈴鹿のコースを知っていることもあって、カナーンにとって大きな助けとなったのは言うまでもない。予選後の記者会見では「予選が18番手なのは、英紀さんのせいだよ(笑)」と冗談が飛び出すほど、短い期間で二人は関係を深め、決勝日もレース直前までカナーンと武藤が言葉を交わす姿が見られた。「英紀さんはポテンシャルが高いドライバーだよ。今はドライバーとして成長するのに最高のチャンスだと思う。AGRはチームワークを大事にしているチームなので、僕はできるだけ力を尽くして彼を支えていくつもりさ。英紀さんはAGRに入るまでほんとうに一生懸命がんばってきたので、その努力に見合ったチームに入ったんだ。来シーズン、彼は学ぶことが非常に多いので、とりあえずルーキーの英紀さんにあまりプレッシャーをかけないほうがいいと思うね」と、レース後のインタビューで武藤について語ったカナーン。来シーズンはカナーンから多くを学ぶことになる武藤だが、逆にフォーミュラ・ニッポンについて教える立場からカナーンとの関係をスタートさせたことで、良好な関係を築く絶好の機会となったはずだ。
レースを終えたカナーンをねぎらうのは、元HPD社長の和田さんと現HPD社長を退くことが決まったばかりのロバート・クラーク。このほかにも今週末は元アメリカン・ホンダ社長の雨宮さんもピットに訪れ、カナーンにとってはさぞ大きなプレッシャーになっていたはずだ。会見では笑顔で冗談を言ったり、終始にこやかな雰囲気をかもし出していたカナーンも、裏では何もかもはじめての経験にナーバスになっていたのではないか。そうしたなかでもカナーンは、応援に訪れた400人ものブラジル人が応援を背に受け、このプレッシャーを見事に跳ね除ける力走を披露した。
昨日の落ち着いた天候から打って変わり、朝から強い風が吹いていた鈴鹿サーキット。上空には青空が見えていたものの、風が運んでくる厚い雲が、時折パラパラと雨を降らせた。フォーミュラ・ニッポン決勝中にもコース西側で雨が降ったが、コースを濡らすまでにはいたらず、レースは無事に終了した。この週末、フォーミュラ・ニッポンのマシンで走行し始めたときから、ステアリングが重いとしきりに語っていたカナーン。「ステアリングが重いといっているのは、話題づくりだよ」と冗談を飛ばす一方で、「もしかしたら51周のレースを走りきれないかもしれないよ(笑)」とちょっとだけ本音も覗かせていた。しかし、一度レースがスタートするといつもどおりの集中力を見せ、18番手スタートから6位まで追い上げたカナーンは、さすが2004年のIRLチャンピオンだ。