今年のインディ・ジャパンは、目に見えないプレッシャーが武藤英紀の歯車を、少しずつ狂わせてしまいました。9月上旬に帰国し、ホームレースならではの数々のプロモーション・イベントに出席して、インディ・ジャパンを盛り上げてくれた武藤。その後1週間みっちり福岡でトレーニング合宿を行い、心身万全の状態を築きあげてツインリンクもてぎ入りしてくれたのですが・・・。
迎えたインディ・ジャパンの予選タイム・アタックで、まさかのクラッシュ。なんでここでクラッシュしちゃうんだと、正直蒼ざめました。もてぎに来場していたファンのため息が会場全体を包み込み、いっきに暗い雰囲気が漂うことになりましたが、武藤は左足首の打撲と軽い脳震盪という情報が私たちメディア関係者の手元に届き、ホッと一安心。不幸中の幸いで大きな怪我は無く、決勝レースには出場できることになったものの、その夜武藤と会った私は思わず「無理は禁物だよ」と声を掛けるほど、彼の左足首は大きく腫上がっているではありませんか。
あの冷静な武藤が、何故予選タイム・アタックでクラッシュ? それはプラクティス走行が始まった時から大きく歯車がずれてしまったのが原因だと思います。今回持ち込んだマシンはアイオワで3位、リッチモンドで4位に入ったもので、ブレーキングやダウン・シフトが必要なツインリンクもてぎのターン3で、絶好のパフォーマンスを発揮してくれるものと全員が信じていました。このターン3の入口からターン4出口のスピードでラップ・タイムが決まることから、アンドレッティ・グリーン・レーシングの27号車チームは、満を持してこのマシンを持ち込んだのです。
ところがプラクティスが始まってみるとターン3入口のフィーリングは良いものの、そこからアンダーステアが強くなり、なかなかアクセルを踏み込めずにラップタイムが伸びない状況に遭遇。サスペンション周りのファイン・チューニングを行って、フロント側のメカニカル・グリップの改善を図りましたが、何を触ってもアンダーステアが消えません。1回目のプラクティス走行では、この問題を解消することが出来ず終いでした。
ここからすべての歯車が狂い始め、「こんなはずじゃない、まだ何かやれることがあるはずだ」と、武藤とエンジニアから焦りが出始めてきたのではないでしょうか。2回目のプラクティスでも予選シミュレーションを取り混ぜながらマシン・セット・アップを煮詰めていきますが、そのセット・アップの好転はごくわずかで、再び暗雲が立ち篭ることに。アンドレッティ・グリーン・レーシングの中では唯一ダニカ・パトリックがトップ・グループで戦えるマシンを作り上げましたが、武藤、カナーン、アンドレッティはほぼ横並び状態で後方に沈むというピンチに追い込まれたのです。
武藤にとってこのインディ・ジャパンは、インディ500以上に大事なホーム・レース。予選で上位を目指すために、ここで大きくマシン・セッティングを変更するという大きな賭けに出る必要性を感じたのでしょう。結局のところ、この判断が予選タイム・アタックのクラッシュに、結びついてしまったのだと思わざるを得ません。
武藤もチームも絶対的な自信を持って持ち込んだマシンが、なぜか思いどおりに走ってくれない。そんなジレンマが続いたことで、武藤のリズムが徐々に崩れていってしまったのだと思います。応援してくれる日本のファンに応えたいという強い気持ちも、逆にプレッシャーとなってしまったのかもしれません。武藤は有言実行をモットーとするタイプ。「なんでもっと良いところを日本のファンの前で見せられないんだ」という気持ちに押し潰されそうになっていたのではないでしょうか。
これでレースはバックアップカーで出走することになりましたが、このマシンはシカゴランドで使ったもの。メカニックの懸命な作業でデータを移し変えるも、そのパフォーマンスは走る前からだいたい予測できました。ツインリンクもてぎに滅法強いペンスキーのカストロネベスでさえ、予選でクラッシュさせた結果レースでは後方に沈んでしまったことからも分かるとおり、オーバル・コースではレース前のクラッシュはご法度。バックアップカーにいくら同じデータを載せ変えても、本来の走りを見せることが出来るのはごく稀なことです。
武藤は22番手からスタートし、結果14位でフィニッシュすることになりましたが、バックアップカーのパフォーマンスは予想どおり武藤本来の走りを引き出してはくれませんでした。しかし私は武藤によく最後までがんばったと言いたい。武藤が予選のクラッシュで受けた衝撃はなんと160G。ドライバーが耳に付けているラジオ交信用のイヤーピースの中にセンサーが備え付けられているのですが、160Gというパワーがクラッシュした瞬間に武藤に襲い掛かっていたのです。
メディカル・センターでは脳に異常は見られないという判断がされましたが、武藤はレース後半に頭がフラフラとなり、相当危険な状態でドライビングしていたとのこと。後半リタイアすることも考えたようですが、フルコースコーションの時にグランド・スタンドのファンが応援してくれている姿を見て、改めて自分自身を奮い立たせることができたと言っていました。ファンが武藤をゴールまで運んでくれたといっても過言ではありません。みなさんありがとうございました!
今回はモータースポーツの難しさをあらためて思い知らされるインディ・ジャパンになってしまいましたが、近い将来必ず武藤が優勝してくれると信じています。まずは最終戦のホームステッド-マイアミで今回の鬱憤を晴らしましょう。「終わりよければすべて善し」ですからね。