Hiroyuki Saito

アメリカの日本食レストランにおける和食進化論 −ミルウォーキー後編−

前編からの続きです。
 
草書体で書かれた文や日本語辞典を切り取ったようなものでデザインされたテーブルの上に「トンカツドーン!」と言いながらウエイトレスが置いたトンカツ丼。本当に“どーん”といった表現がぴったりのサイズ(うどんやそばサイズの器、吉野家の牛丼特盛りサイズより少し大きいくらい)だった。しかしその見た目は私が想像していたトンカツ丼と、少し異っていた。
 
その丼に収まっている料理は確かにトンカツ丼ではあるようだが、どうしても「おや?」という疑問符がまるで漫画の吹き出しのように、頭上に浮かんでくる要素がいくつかあった。
 
否が応にもまず目に付いたのはどんぶりの端に毅然とそそり立つサニーレタスの葉だった。そして卵でとじられたトンカツの上には、前菜のアゲドウフに降りかかっていた“ゴマ、刻み海苔、青海苔”が原料となるフリカケがあり、濃いグリーンがこれでもかといわんばかりに広がっていた。
 

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しかもそのフリカケの下にはただトンカツだけがあればいいのに、どこか違和感がある妙な盛り上がりがあって“何か”が載っていた。その正体を確かめるべく箸でフリカケを除去すると、なんと黄金色に輝く“沢庵”が全貌を露にした。
 

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なぜ、このトンカツ丼は沢庵をトンカツの中央に三切れ並べ、その上からフリカケを万遍なく降り掛けているのか。様々な思考が頭の中で駆け巡るが、答えなど出るわけもない。私にできることは沢庵に付着しているフリカケをできる限り丁寧に取り除き、サニーレタスのそばにそっと置くことだけだった。
 
3切れの沢庵が占領していた面積が想像以上に広かった為、トンカツ自体にはそれほどフリカケが掛かっていなかったのは不幸中の幸いだった。いよいよ念願のトンカツ丼かと、若干フリカケが残っているトンカツの一切れを食べると、多少は青海苔風味のフリカケの味がするものの、トンカツ自体の肉の厚さ(若干薄いか)、硬さ、味に関しては悪くなかった。
 
トンカツの下にあるご飯も一緒に頂くのがトンカツ丼の醍醐味と、箸をさらに奥まで突き進めたのだが、ここでひとつの壁が私の前に立ちはだかった。出し汁で煮た大量の玉葱をスライスしたものと、細切りにした人参、そしてなんとスライスした椎茸、ばらばらにしたエノキといったトンカツ丼にはあまり入っていないはずの野菜たちが大集合。トンカツとご飯の間にしっとりと挟まれていたのだ。
 
まさか沢庵に続きトンカツの下にまでサプライズがあるとは夢にも思っていなかったが、怯んでもいられないのでご飯と一緒に食べてみることにした。味付け自体は悪くないものの、玉葱を抜かせばどこか五目御飯を連想してしまう。
 
改めてトンカツを一口かじり、それらと一緒にご飯を食べてみたのだが、味のばらつきはあるがなんとなくまとまってはいた。結局のところは、ちょっと変わったトンカツ丼だなと、食べていくうちに完食するように努める自分がいた。ただ、やはりいかんせん量が多すぎるので、食べきることができなかったのは残念だった。
 
アメリカ各地にある日本の和食レストラン。オープン当初こそ日本人のオーナー、料理人が基礎を築いていくものが多いが、様々な事情により経営がアメリカ人や中国、韓国といったアジア系のオーナーに移行し、料理人も日本人がいなくなるケースが多々ある。
 
そうなると伝わるべきレシピが受け継がれていくことは難しくなり、日本人が求める味から遠ざかっていってしまうのが現状だが、それは致し方ないことだろう。
 
アメリカ各地を訪れる私としては、そこに日本食レストランがあればやはり行きたくなるし、今回のように日本で食べる和食と若干違ったものになっていて、驚くことも多い。しかしいつまでもそのことに驚いてばかりはいられないし、受け入れていかなければならないのではないかと、今回のアゲトウフとトンカツ丼を食べて強く思った。
 
ここらでそろそろ発想を転換し、これらの和食はアメリカ各地の料理人の手によって進化した“新たな和食”料理とポジティブに考えれば、もっと各地の日本食レストランを楽しめることができるだろう。そして日本にいたらまず食べることができないこのような“新しい和食”に出会えることに感謝し、それらを食してお伝えしていくことが重要なことなのではないかと。
 
今回の“FUJIYAMA”ではアゲトウフ、トンカツ丼といった料理には必ず“ゴマ2、刻み海苔1、青海苔7”といった配合の“万能フリカケ”があるということを発見できたし、トンカツ丼の新たなスタイルが確立されていた。ただ、それに対してひとつ言わせてもらえば、沢庵にはその“万能フリカケ”を大量にかけないでいただきたい。丼の端に、そう、サニーレタスの脇にそっとありのままの姿で3切れ並べて置いてほしいと思った。やはり沢庵にこれらのフリカケは合わないから。
 
来年またこのレストランを訪れたときにアゲトウフやトンカツ丼がどのような料理に進化しているのかを期待したいし、このお店の更なる発展を願わずにはいられない。そして今後もアメリカの各地でトンカツ丼を筆頭に、和食がどのような形で“進化”を繰り返していくのか、個人的に調査していきたいと思う。
 
今回の調査は2日間にわたって行われた。前編に登場したロジャー安川氏がミルウォーキー取材初日の夜にこのお店を発見し、訪れたことがきっかけである。翌日取材に入った私は、このレストランでアゲトウフとトンカツ丼を初めて食べることができた(安川氏はもちろん2日目の来店)。
 
がしかし、私はその時この料理の撮影をしなかったことと(まさかこのような料理がでるとは思わなかったので、うっかりカメラを持参しなかった)、メニューに写っていたアゲトウフの写真をどうしても確認しておかなければならないということで、翌日も安川氏とこのお店を訪れたのだった(安川氏、3日間連続の来店)。
 
もちろん、私は撮影のため2日間にわたってアゲトウフ、トンカツ丼を食べることになったのだが、それは仕方のないことだとしても、なにより結局3日間も同じお店に通うことになった安川氏には申し訳なかったと思う。安川氏のレストランの発見、そして協力なしには今回の調査は達成できなかったので、感謝しています。
 
最後にメニューに掲載されていたアゲトウフの写真を“進化”の過程として紹介しておきたい。写真では確かに、てんつゆの中に揚げた豆腐が気持ちよさそうに浸っていた。
 

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