Hiroyuki Saito

GENTLEMAN JACK

アメリカ地方の現場に行くと、ご当地ものとして地ビールをよく探していました。その地域でしか飲めないビールをみつけると、ビール好きの僕は勢いよくジョッキに注がれたビールの泡のようにテンションが上がります。特にレストランで地ビールのドラフトものがあれば間違いなくそれを頼みます。一日の取材が終わって飲む一杯にはもってこいです。
そんなビール党の僕が、ナッシュビルの酒屋で地ビールを買いに行ったときのことでした。最近、ウイスキーやスコッチ系にも興味を持ち始めていたので、何気にウイスキーの棚を眺めていると、なにやらジャックダニエルズが他のコーナーより品揃えが多く、いろいろな種類があったんですね。よくみるとジャックダニエルズってテネシー・ウイスキー。あ、テネシー州ってウイスキーが有名なんだっていうか、ジャックダニエルズの本社があることをはじめて知ったわけです。
もう僕の興味は地ビールから地ウイスキー? に方向転換です。せっかくアメリカはテネシー・ウイスキーの本場に来ているのですから、これはジャックダニエルズを買って飲んでみないと今後ウイスキーについて多くを語れないなと。いや、語るほどでもないのですが、まぁ、ちょっと単純に飲んでみたいなと。
どれを買おうか探していると緑色のラベルの瓶など種類が豊富にあります。しかし、選ぶ基準がぜんぜん判りません。多分、樽に入って寝かせている年月が長いほど、こういうものは値段が高いはずです。案の定、10年以上ってなものは50ドルくらいは平気でします。ここはひとつ値段を基準に考えようと思い、25ドル以上30ドル以下という範囲を自分の中で設定しました。

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そしたら値段もお手頃でなんかよさげなジャックダニエルズを発見。なによりそのネーミングに惹かれたその一本は“ジェントルマン・ジャック”です。
ジャックダニエルズのジェントルマン・バージョンですよ。そのままですが、なんか響きもいいじゃありませんか。基本的にジェントルマンを目指している僕にとって、もってこいこいってなウイスキーです。これを飲めば小心者の僕でもそう、ジェントルマンズ・クラブにも勢いで行くことができるかもしれません! なんてな。しかもレア・テネシー・ウイスキーって書いています。こりゃー、そうとうレアなんだべなって、ちょっとご当地でいい買い物ができたという満足感と共にそのお店を後にしました。
ホテルに戻って早速その紳士なジャックを飲んでみました。これがまた、おいしい。ソムリエチックに表現すると、グランドキャニオンの夕焼けのような琥珀色の液体が口の中に入ると、もわっとした熱気と芳醇とした香りが鼻腔をくすぐり、大地から1800メートル下の谷底に飛び降りるような感じで喉を通過していくと、それは胃というキャニオンに溶け込んでいった……。はい。がんばってみました。というか無理したな。
なんだその恥ずかしくなるような表現はって感じですが、まぁ、ソムリエや評論家ではないので、文章ではそのおいしさをうまく表現することはできません。僕なりに素直に表現するならば安いウイスキーは口の中に入ると、いきなりドアを空けて土足で家の中に入ってきてそのままどかっとソファーに座るような感じだとするならば、このジャックは、ちゃんとチャイムを鳴らすかノックし、ドアを開けてもらうのを待ってドアが開くと礼儀正しい挨拶の後、靴を揃えて家の中に入り、家人の案内のもと席に着く。見たいな感じですかね。
これも分かりづらい? まぁ、いわんとしていることは伝わっていると思いますが、結局、おいしさを表現できてないという歯がゆい感じはします。まぁ、簡単に言うとウイスキーとして飲みやすく、味もしっかりしていて、おいしいということです。はい。
大事に家まで持ち帰り、飲みすぎて紳士的な行動ができなかったときは、この“ジェントルマン・ジャック”を飲んで、まだまだ俺はジェントルマンになれねぇなって、一人反省会をした夜もありました。しかし、ジャックとの付き合いはそう長くは続きませんでした。おいしかったのであっという間になくなってしまいましたよ。ご当地ウイスキーですから来年のナッシュビルまでもう会えないのかなって思っていたら、来年のスケジュールにはナッシュビルの名前が載ってない……。
一期一会ということでしょうか。多分、僕が本当のジェントルマンになったら再び飲むことができるんだろうなって思っていたある日、近所のRalphsっていうスーパーにいったら普通に売っていましたよ。一人反省会はまだまだ続きそうです。