今回はなんと“Pick the Winner”開始以来、初めての“該当者なし”という結果だったので、ベストショット&撮影裏話はありませんが、みなさんもご存知のとおり、佐藤琢磨が日本人初のポール・ポジションを獲得しましたね。僕自身がこの目で見たそのときの様子を、“番外編”としてお伝えしたいと思いますよ。
アイオワは昨年までインディカー・シリーズに参戦していた武藤英紀が、2008年に2位、2009年に3位と2年連続で表彰台を獲得し、優勝に最も近づいたコースとして日本人にとっても思い出深い場所。昨年に関しても、インディカー初参戦の琢磨がレース中盤でディクソンなどとトップ争いを演じただけに(残念ながらリタイアで終わりましたが)、この1マイルに満たない0.875マイルのショート・オーバルは日本人ドライバーとの相性が良いコースなんです。
そういった意味で今年も期待を胸に抱きつつ迎えたアイオワでの初日、琢磨は予選前に行われたプラクティスで2番手のタイムを記録しました。実は6月上旬から始まったオーバル3連戦では、緒戦となったテキサスの最終プラクティス(予選後ですが)、そしてミルウォーキーの第3プラクティス(予選前)でも2番手を獲得しており、練習走行でトップスリー以内に入るということに関しては、さして驚くこともなく、良い意味で慣れてきたところでした。
テキサスから続く良い流れのなかで迎えた今回の予選。まずはチームメートのトニー・カナーンが2番手に出走すると、その前にアタックを行ったスコット・ディクソンのスピードを上回って早速トップになりました。ミルウォーキーの決勝でクラッシュし、勝てそうだったレースを逃していたカナーンは今回とても気合が入っており、このアタックで180マイルにあと少しでとどく179.833マイルを記録したのです。
このカナーンの好スピードを上回るドライバーが現れるとしたら、まずは先週ミルウォーキーで優勝し、予選前のプラクティスでもトップだったダリオ・フランキッティかなと、オーバル・マスターのアタックをピットで撮影しながら待ちます。
9番目にダリオが出走し、アタック終了直後にカーナンバー“10”が電光掲示タワーのトップで煌々と点灯すると思っていたのですが、なんと今回はカナーンに及ばず“82”の下で力なく光っています。
午前のプラクティスでトップだったのに、ダリオは180マイル台を記録できず2番手。残りのアタッカーで180マイル台を記録できるのは、琢磨を含めた限られたドライバーだけだなということは、なんとなく把握できました。でもね、この時点で琢磨がポール・ポジションを取るといった現実味はもちろんまだなく、誰になるのかわからない状況です。
その後の予選アタックでは、カナーンのスピードを上回るドライバーが結局現れないまま24台中19番目のアタッカーとなる琢磨が出走しました。ここまで来るとね、このアタックでカナーンのスピードを更新したら、ポール・ポジションはどうかわからないけど、フロントローには入れそうだなって思いはじめました。
するとトップだったカナーンからアドバイスを受けていた琢磨は、ウォームアップからスピードを乗せて挑んだ2周のアタックで、この予選最初の180マイル台となる180.375マイルを記録し、みごとトップに躍り出たのです!
アタック後、ピット・ロードの所定の位置で琢磨をチーム・クルーが迎え、僕もマシンから降りてチーム・クルーと握手する琢磨を撮影していきます。ヘルメットを取り、身支度を調えた琢磨が掲示タワーの表示を確認すると、まだわからないなと思ったのか、なぜか渋い表情です。
僕はぼくで、もしかするとこれはポール・ポジションが取れるんじゃないか? といった期待が現実味を帯びてきたのでね、琢磨から離れないように撮影しないとなって、身を引き締め始めました。
ただ、それでもまだ油断はできませんよ。というのもペンスキーのエリオ・カストロネベス、そしてウィル・パワーが残っていたし、これまでにもこのような状況になった日本人ドライバーが、そのまま頂点に至ったことは残念ながらなかったのです。それでもね、もちろん期待はどんどん大きく膨らんでいきます。
こうなるとすごく気になるペンスキーの二人。予選前のプラクティスでエリオは8番手、ウィルは6番手のタイムを記録していたので、十分トップ・タイムを狙えます。ところが21番手に出走したエリオは178.570マイルと179マイルに届かず、いよいよ残りは去年のポール・ポジション、琢磨の記録を覆すことができる可能性を持つウィルがアタックに挑みました。
さすがにね、この時点で琢磨のポール・ポジションという現実味は、僕の中でも9割くらいに膨らんでいて、ひょっとしたらダメか、それとも現実になるのかといった境界線を行ったり来たりしています。琢磨に付きっ切りでその瞬間が訪れるのを、カメラを構えて待っていました。
やっとチェッカーフラッグを受けたウィル。でもカーナンバー12は掲示タワーのトップではなく、5番手に表示されているではないですか! そして最後のアタッカー、ルーキーのジェイムズ・ジェイクスのアタックが終了。次の瞬間、ポール・ポジションを獲得した琢磨の元に、自分がトップを奪われたにもかかわらずカナーンが祝福に現れ、両腕でがっちりと抱え込むブラジル人らしいハグのシーンを夢中で撮っていました。
そう、それは夢ではなく、やっと現実のものとなったのです。それからも僕は無我夢中で琢磨の写真を撮影し続けました。最初のインタビューを受けたあと、ポールアワードを受賞するポディウムまで移動する時になって、やっと右手の拳をぐっと握り締めた琢磨。その顔には「やったぞ」といった自信に満ちた笑顔が溢れていました。
インタビューを受けては止まり、また移動するといったことを繰り返し、テレビ・カメラやカメラマンにもサムアップで応えていく琢磨。ファインダーからレンズを通して見るその笑顔から、うれしさと同時になんとなく安堵感のようなものも伝わってきました。
撮影が少し落ち着いたところで僕もね、やっと日本人初のポール・ポジション獲得という事実をしみじみと実感し「すげぇ、やったー!!!」って声を上げてまるで子供のように喜びましたよ。でもね、まだまだ余韻に浸っている場合ではないので、急ぎ足でポディウムに移動して琢磨が来るのを待っていました。
両手でサムアップをしてポディウムに入ってきた琢磨は、ほんとうにうれしそうでした。そしてその姿を待ち望んでいた僕たち日本人メディアも、琢磨を満面の笑顔で迎えました。
1990年から参戦を始めたヒロ松下をはじめ、11人の才能ある日本人ドライバーがインディカーに挑戦してきましたが、21年もの間、予選で頂点に辿りつくことができたドライバーはいませんでした。
僕も1999年から取材を始め、予選のたびに毎回ポール・ウィナーを撮影してきました。いつの日か日本人ドライバーのポール・ウィナーを撮影したいと望んではいたものの、高い壁に阻まれ続け、それは叶わぬ夢なのかなと思ったときもありました。
しかし琢磨の渾身のアタックにより、やっとその姿を記録に残すことができました。ほんとうにうれしかったですね。撮影していると周りのアメリカ人カメラマンたちも初めて日本人がポール・ポジションを取ったことをわかっているので、僕らが喜んでいるのを見て微笑んでいましたよ。
するとインディカーのオフィシャル・カメラマンが粋なはからいをしてくれました。琢磨と一緒に日本人メディアとの記念写真を撮ってくれたんです。僕にとっての今回のベストショットはもちろん、そのときクリスが撮ってくれたこの写真ですよ!
ほんとうに、ありがとう!
最後の写真以外のPhoto & Text: Hiroyuki Saito(右端が僕です!)