シーズン後半戦に向けてポイントを稼ぐ初夏の4連戦は、先週末の第10戦トロントのエキサイティングなレースで終了しました。今週末はチームのスタッフやドライバーにとって、久しぶりにオフを楽しめるウィークエンドとなります。
今回はトロントのようなストリート・コースでのマシン・セット・アップで、重要な役割を持つダンパーについて、少し説明しましょう。最初にトロントのレースを振り返ってみたいと思うのですが、レースは第2戦ロング・ビーチに引き続き、ダリオ・フランキッティの圧勝でしたね。
レース中盤は色々と荒れた内容で、最後に誰が勝つか予想できない状態になりましたが、最終的にしっかりとベテランらしい安定した走りを見せたダリオが優勝。いつものようにペンスキーとガナッシ勢がトップ4を独占しました。
レース前半から中盤にかけては、中堅チームで走るアレックス・タグリアーニや、ポール・トレイシー、その他にもマイク・コンウェイやトーマス・シェクターも大活躍していましたね。その反面、ウィークエンドを通して低迷していたのがAGR勢でした。
ダニカだけは6位でゴールしたものの、AGRの全ドライバーが終始グリップ不足だと訴えていました。トニーはめずらしく全セッションでスピンを喫するほどの内容で、かなり苦戦していたと思われます。いったいAGRに何が起こっていたのでしょう。
ストリートやロード・コースはドライバーの技量も重視されますが、現在のインディカー・ドライバーの大半はロード・レース出身なので、ほとんどのドライバーのレベルは高いと言えます。そうなるとマシンのセット・アップ次第でタイム差が出てくるだけに、細かい設定が要求されます。
特にストリート・コースではサスペンションのダンパーが、マシンの走りを支える上で極めて重要なツールとなります。パソコンで言えば心臓部とも言うべきCPUのような物でしょうか。どんなに使い手のレベルが高くても、マシンが素早く機能し、たくさんの容量の情報を瞬時にプロセスすることができないと、最大限のパフォーマンスを活かせません。
ストリート・コースは路面が荒れていてバンピーなので、ダンパーに柔軟性があり、なおかつ高いグリップ・レベルを発生してくれる性能が重要。ダンパーに問題があればブレーキング時の突っ込みでマシンが跳ねたり、コーナリング速度が落ちてしまうことで、タイムロスとなってしまいます。
マシンのセット・アップには、他にも車高調整やウィング角度、キャンバーやキャスター角度なども色々とありますが、この辺の調整はすべてダンパーのセッティングによって変わってきます。要するにダンパーはマシンのブレーンだとも言えるのです。
基本的にダンパーのセッティングはエンジニアの意向によって、調整が施されます。ダンパーには色々と調整できる部分があり、走行の合間にバンプ(ダンパーが縮小する速度)やリバウンド(ダンパーが縮小した状態からもとに戻る速度)のセッティングを調整し、サーキットに適した内容にファイン・チューニングします。
しかし、一番重要なのはダンパーの内部で、本体の中にあるバルブを調整する“バルビング”が肝となります。ダンパーを組み上げる段階でバルビングの設定が施されるのですが、ダンパーの基本的な運動性能から、サーキットで調整できるバンプやリバウンドの範囲もバルビングによって設定されます。
レース・ウィークエンドに入ると走行時間が限られてしまうだけに、ダンパーのバルビングまで変えることはあまりありません。バルビングの変更=分解調整は明らかな確信がない限りリスクとなってしまうので、ほとんどのエンジニアは避けたがります。テストのマイレージ(距離)が限られていることから、できる限り事前のシュミュレーションや過去のデータに基づき、最適なバルビングを考えてレースに挑むしかないのです。
現在インディカーで使用されているダンパーのメーカーは、オーリンズ、ペンスキー、ダイナミクスが主流で、各チームがそれぞれのダンパーを独自に開発して使っています。時にはフロントにオーリンズ、リヤにはペンスキーを装着するなど、ミックスして各メーカーの良い所を引き出すセッティングをする時もあります。
これまでのストリート・コースでの結果を見てのとおり、ペンスキーとガナッシの速さは群を抜いていますね。豊富な資金力を持つ彼らはダンパーに力を入れて開発しており、ペンスキーは売るほどある! ということです。先週のトロントではオーソドックスなバルビングの中堅チームも大健闘しましたが、単純に速さだけを比較してしまうと、やはりペンスキーとガナッシにはかないません。
そのペンスキーやガナッシのレベルを一生懸命追い越そうとしているのが、AGRです。AGRは今年になって、長年パートナーを組んで愛用していたショーワのダンパーから、ダイナミクスのダンパーに変更。おそらくニューマン/ハースから移籍してきた大御所エンジニアのピーター・ギボンズの意向で、決まったと考えられます。
ニューマン/ハースの共同オーナーであるカール・ハースは、ダイナミクス・ダンパーの米国の総代理店です。ピーター自身もニューマン/ハース時代からダイナミクスを使い慣れているだけに、ペンスキーやガナッシを追い越すための必要策だと決意したのでしょう。
ダイナミクスのダンパーは精度が高く、チューニングをうまく施せば、他社よりも高い機能を発揮すると言われています。しかし、それだけにデリケートでバルビングのセッティングは気難しいようで、ピンポイントでコースに適したセットを見つけるのは大変だと聞きます。
先週末トロントでAGRが苦戦した理由は、まさにここにあるのではないでしょうか。「ダンパーのセットが適していない」とAGRの全ドライバーがコメントしていたように「マシンのセットを色々と変更しても何も変わらない」状態に陥っていました。オーソドックスなダンパーを使い、基本的なベース・セットに専念できた中堅チームが活躍していましたが、とても対照的でしたね。
AGR勢は現在苦戦していますが、ダンパーのセッティングがスイート・スポットにはまれば、必ずトップ争いに加わってくると予想されます。今は前進するための準備期間で、まさに1歩下がって3歩進むと言うことでしょう。
だからこそ、ヒデキには今は粘り強く我慢し、開発に関わりながら自分のモチベーションを高めて欲しいなと願っています。AGRはトロントのレースを終えて早速ミド−オハイオでテストをしているようですし、必ずロード・コースのレースでも、トップ争いに復帰してくるでしょう! がんばれヒデキ!!
さてさて、今週末はインディカーのレースはお休みで、次回は空港仮設コースのエドモントンで行われます。エドモントンは走ったことがないのですが、バンピーで休む暇がなく、かなり体力的にきついコースだと聞いています。バンピーといえば、またダンパーの性能が発揮されるコース。となると、また赤白のマシンが独占しちゃう・・・?
僕は今週から日本に行って、モテギに向けての準備で色々とスポンサー活動をしてきます。久しぶりの日本なので、帰るのが楽しみです! だいぶ暑いと聞いていますが、滞在中は「アツイ!」なんて言う暇もないくらいに、忙しくなりそうです。
日本には10日間の滞在予定で、少しでも良い体制でインディ・ジャパンに挑めるよう、全力でスポンサー活動をがんばってきます! 引き続き応援よろしくお願いします!!