Hiroyuki Saito

セネカ・ロッジ

ニューヨークというと響きはいいですが、華やいでいるのはマンハッタンを中心とした都心部で、どんな州でもそうですが都心から離れるほどやはりのんびりした場所が広がっていきます。
インディ・カー第10戦の開催地となったワトキンス・グレンもニューヨーク州ですが、まさにそんなアメリカ東部の典型的な田舎町です。ワトキンス・グレン・インターナショナルへと続くルート16号沿いには牧場が広がり、白黒のブチ模様をした牛が干草を食べています。
そのようなとても長閑な場所だけにホテルや飲食店などコース周辺には見当たりませんが、クルマで5分ほど走った場所に唯一、ホテル兼レストランを経営しているセネカ・ロッジがあります。

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森林の合間に何棟ものロッジが建ち並んでいるセネカ・ロッジは、周辺に食事をするところが少ないため、レストランも経営しています。よくあるパターンではありますが、チェック・インを行うフロントデスクがレストラン内部にあり、初めて行く人は結構間違ってチェックインの場所がレストランの受付だと思い、「4人だよ」なんて感じで人数をいってちょっと恥ずかしい思いをします。
まあ、それはさておき、やはりレースイベントの週末にもなればロッジは満室となり、レストランも夜になれば、多くのレース関係者、そして訪れたファン、宿泊客で賑わいだします。
僕達、日本人メディアも毎年このセネカ・ロッジに足を運んでいます。ワトキンス・グレンに着たらとりあえず、ここに飯を食べに行かなければといった感じもありますが、他にチョイスがないということもあります。だいたい田舎のお店って閉店時間が早いですから、遠くのホテル周辺レストランよりは確実に食べられる近場のレストランがやはりいいですからね。

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バタバタと取材後の仕事を終わらせ、このセネカ・ロッジで夕食をとるわけですが、やはり込んでいるので、バー・カウンターで席が空くのを待つことになります。このバー・カウンターですがいろいろと興味深いディスプレイがあり、このお店の歴史の長さを伺えるものがあります。
ワトキンス・グレン・インターナショナルでは1961年から1980年までF1が開催されていたことで知られており、当時の写真やポスター、ペナントなど関係したものやその他いろいろなアイテムが所狭しと壁にディスプレイされています。

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中でも目を引くのは当時のウイナーに与えられた月桂樹のリースが飾られていることです。写真のリースにはハントと書いてあります。フィッティパルディのもありました。レースに勝った当時のウイナーがこの店に飲みに着て記念に置いていったのでしょうね。

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また、このワトキンス・グレン、ナショナル・フィールド・アーチェリー・アソシエーション(NFAA)の大会も行われていたようで、その大会で優勝した人が記念にその矢を壁に指していくのも伝統となっているようです。その矢は当時(1951年)のものから現代のものまであるので、矢がどのように進化していったかがよくわかります。
このバーにはこのようなディスプレイの他にも特徴があります。カウンターでドリンクをオーダーし、支払いのときにあえておつりが来るように10ドルや20ドル紙幣を渡します。すると、おつりにはなかなか普段では見かけない紙幣とコインが渡されるのですね。

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たとえば2ドル札や1ドルコイン、または50セントコインと日常で滅多に見かけない紙幣とコインでおつりを返してくれるのです。これもまた一驚ですよね。僕もはじめて2ドル札と50セントコインをこのお店で見ましたよ。
さて、そろそろレストランの席が準備できたので食事となりますが、店のオーナーのジムさんに話しを聞いていたら、すでに出来上がっていたジムさんが自身の若かった頃の写真を見せてくれて当時の思い出話となり、その貴重なお話は止まらず、呼ばれているのになかなかその場を立ち去るタイミングをつかめませんでした。
まぁ、なんとか切り抜け、無事席につけメニューを見ます。アメリカのレストランなので、ステーキが中心のメニューですが、初日は川魚の料理をオーダーし、二日目は気に入っているポークチョップをいただきました。いつもお腹が減っているせいか食べ始めてから、あ、また写真撮るの忘れたってことに気づきます。腹ペコな僕を許してください。
ワトキンス・グレンは場所的に毎年ホテルや飛行機の手配に頭を悩ませますが、このセネカ・ロッジにいくのが楽しみのひとつではあります。これを読まれた皆さんも、もしワトキンス・グレンに行くことがあれば、セネカ・ロッジに1泊くらいするのもいいかもしれませんよ。
SENECA LODGE
SOUTH ENTRANCE OF WATKINS GLEN STATE PARK
WATKINS GLEN